転がる車輪とコンクリート
初めてのアメリカで聞いたコンクリートの音。それがこうして今でも心に響き続ける記憶になるとは。ずっと夢に見ていたアメリカの地を踏んだ。中学2年の終わり、春休みをめいっぱい使って20日間ほど滞在した。父親の友人がロサンゼルスに住んでいて、その人の家にお世話になった。
初めてひとりで乗る飛行機(ヴァリグ・ブラジル航空)の中、ウォークマンで聴いていたのはマイケル・ジャクソンの『BAD』のアルバム。アメリカ旅行のために用意していたカセットテープをすっかり忘れてしまい、たまたまウォークマンに入っていたカセットテープがそれだったから。
そうしてたどり着いた憧れの土地アメリカ。ロサンゼルスは大都会だと思っていたけれど、東京のように高い建物が少ないせいか空がとても広いし日差しが強い。公共交通機関はほとんどないから、どこへ行くのにもクルマが必要。碁盤の目のようなつくりの通りと、乗り降り自由のフリーウェイが生活道路になっている。
日本で見たことのないキラキラとメッキされたホイールの超高級車から、ボンネットすらないクルマや錆でぼろぼろのトラックまで、さまざまなクルマと人種の人たちが片側7〜8車線もある広いフリーウェイを同じ方向に走っている、車窓から見るその風景がとにかく印象的。暑いはずなのに窓を開けるとそこから入ってくる風は気持ちいい。フリーウェイの路面は縦に細い溝の入ったコンクリート製で微妙に波打っているので、走っているとパコパコパコッとタイヤと路面が当たる音が響いてくる。
アメリカに来て最初に欲しかった物はもちろん新しいスケートボードだ。僕にとって初めての新品のスケートボードだ。デッキはその時代のスケート業界を一世風靡していた〈ボーンズブリゲード〉のスティーブ・キャバレロのモデル。それに〈インディペンデント〉のトラックに〈ラットボーンズ〉のウィールでコンプリートを買った。
友人が連れていってくれた店は、日本にあるような店内に商品が飾ってあるワクワクするような店ではなく、カウンター越しに欲しい商品を店内の奥から出してもらうなんだか地味な店だった。お願いした商品を店員のお兄さんがカウンターを兼ねたショーケースにポンポンと放り投げる。
商品の扱いがちょっと乱暴なのもアメリカンだからとわけわからずに納得する中2。そして当時主流だった硬さが97Aのウィールではなく95Aのウィールにしたのはアメリカの歩道がコンクリートだったから。ではなく放り投げられたものがたまたま95Aでアメリカンなスケボー屋に感極まっていたから堅さまでチェックしていなかっただけ。
さっそくお世話になっていたおじさんの家のフロントヤードとそれに繋がるサイドウォークで滑りまくる。そのサイドウォークもコンクリート製で数メートルおきにつなぎ目があるようにつくられていて、ところどころに植えられた街路樹が大きく育ち根っこがコンクリートを押し上げて天然のバンクができている。スケボーで遊ぶには最適だ。カタカタカタ、偶然にもここでもコンクリートと転がる車輪の音が響いている。
足元からカタンカタンと響くコンクリートの音、これはアメリカでしか聞けない音。
これから先、何十年とコンクリートを転がる車輪の音が僕にとって大切な物になるとは、まだその時は気がついていなかった。こうして文章を書くことを仕事にしていることもなかったと思うのだ。