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小さい中にストーリーが宿る、東京のカヌレ2店。〈Dans la Poche〉〈DOWN THE STAIRS〉

「カヌレって、茶色くて王冠みたいな形の焼き菓子だよね。確か前にブームがあったような……」。そうです、90年代にヒットしたカヌレがいま再び人気を集めています。専門店からシェフのカヌレまで、それぞれに宿るストーリー。今度、カヌレを手みやげにしてみませんか。

初出:BRUTUS No.931「なにしろカスタード好きなもので。」(2021年1月15日発売)

photo: Keisuke Fukamizu, Kaori Oouchi / text: Naoko Monzen, Kei Sasaki

カヌレの人気が、東京で再燃している。「再燃」というのは、以前にブームが起こったから。ティラミスやパンナコッタなど、海外のスイーツが次々にヒットした90年代。ころんとした形や食感の楽しさが受けて、カヌレブームが起こる。

改めてルーツを辿ると、発祥はフランス南西部のボルドー。昔、ボルドーではワインの澱(おり)を除くために鶏卵の卵白を使用しており、大量に余った卵黄を活用するためにカヌレが考案されたという。溝のある銅型を使い、型に蜜蝋を塗り、カスタード液に焦がしバターを混ぜた生地を流して焼き込むのが伝統的な製造法だ。

フランスの郷土菓子がなぜ東京で注目を浴びているのか?その鍵は、成熟した東京のフードシーンの多様性にある。ここで紹介するカヌレの作り手は、肩書もカヌレを焼くようになったきっかけも様々。パティシエはもちろん、フレンチの料理人がいれば元会社員もいる。

カヌレを「ワインのお供」と言う人もいれば、バターのおいしさを生かすためのベストな表現と捉える人、サステイナビリティ実現の一つの方法とする人もいる。フランスの地方の郷土菓子が“食のるつぼ”東京でおのおのの作り手に再解釈されているのだ。

四半世紀前、目新しさでウケたカヌレが、2020年代の現在、それぞれにストーリーが宿る焼き菓子へと進化している。カヌレを贈る時はストーリーも込めて。そこには自然に笑顔と話のきっかけが生まれるはずだ。

Dans la Poche(学芸大学)

ノーカヌレ、ノーワイン!ワイン好きが愛する焼き菓子

「カヌレなくしてワインなし」と語る、店主の内藤裕子さん。2018年にオープンして以来、噂が噂を呼んで販売日には2〜3時間ほどで150個が売り切れてしまう人気のカヌレ専門店だ。内藤さんのカヌレはワインありき。会社員だった彼女は、大のお菓子、ナチュラルワイン、フランス好きで、ワインに合うお菓子を探るうち、香りや余韻に惹かれてカヌレに辿り着く。

自分で作るうち、買いたいという声が増えてショップをオープン。安心・安全な食材と、銅型と蜜蝋を使った伝統的な作り方によるカヌレは、皮はざっくり、中はとろり。このコントラストが人気の秘密だ。週末と祝日のみの営業と少し難易度高めだが、ワイン好きには見逃せないカヌレだ。

学芸大学〈Dans la Poche〉_外観
マンションを改造した店舗。工房兼販売所で、店頭にも甘い香りが漂う。

DOWN THE STAIRS MAISON with ARTS&SCIENCE(表参道)

パリの人気レストラン発、栗粉を使った香ばしいカヌレ

2021年、ショップ兼ブランドの〈ARTS&SCIENCE〉が運営するカフェは、パリのレストラン〈MAISON〉の渥美創太シェフとの協働で、リスタートを切った。〈MAISON〉で活躍するパティシエール、小林里佳子さんが監修し、横枕美紀さんが製造を手がけるオリジナルのスイーツも人気で、その代表格が栗粉のカヌレだ。

栗粉は〈MAISON〉のパンや菓子などにも使われる、店の表現に欠かせない食材の一つ。銅製の型と蜜蠟を使い艶やかに仕上げるクラシックな製法はそのまま、栗粉を使うことでコクと香ばしさをバージョンアップしている。大きめのサイズと、しっかりめの焼成が生む食感も豊か。古典的な郷土菓子の世界に、新風を吹き込んでいる。

表参道〈DOWN THE STAIRS〉店内
アイランドカウンターが中心のミニマムなキッチンで、すべての菓子製造を手がける横枕さん。