カチョエペペ=チーズ&胡椒
カチョエペペ、イタリア語で綴れば“cacio e pepe”。cacioは「チーズ」、pepeは「胡椒」の意味で、つまり「チーズと胡椒」のパスタのことだ。
「カチョエペペは、カルボナーラやアマトリチャーナと同じ、ローマのパスタ料理。ローマでトラットリア(食堂)に行けばどの店にもあるし、モードなスタイルで提供するリストランテ(高級レストラン)もある。でも、カルボナーラが今や世界中で愛されるほどポピュラーなのに対し、カチョエペペは、イタリア国内でもまだローカルな料理の部類に属すると思います」
「イタリアに“イタリア料理”はなく、郷土料理の集合体がイタリア料理である」とはよくいわれること。実際、イタリアに暮らした経験がある人は「まったくその通り」と、口を揃える。カルボナーラのような国際的知名度を誇る料理は例外的で、例えば、日本ではカフェのメニューにもあるほどポピュラーなバーニャ・カウダ(アンチョビ風味の温かいソースで食べる野菜料理で、ピエモンテの郷土料理)も「パルマにある会社に勤めていた頃、同僚のイタリア人に聞いても知らなかった」と、堀込さんは言う。
カチョエペペが日本で人気になっている理由
ではなぜ、そんなローカルパスタ、カチョエペペが、日本で最近知名度を得て、人気を集めてきているのか。
一つは、日本にイタリアの食文化が深く浸透していることが理由だろう。今やイタリア人もビックリな、ガチのピエモンテ料理もトスカーナ料理もシチリア料理も、日本で食べられる(マルケ料理店やプーリア料理店だってある)。ただ、それだけでは説明がつかない。カチョエペペは好きでも、それをローマ料理と知らない人は大勢いるはずだ。
「日本ではこの10年くらい、イタリアの家庭に伝わるような、少ない材料でできるシンプルな料理を楽しみたいという傾向が強くなっている気がします。少し前ですが、貧乏人のパスタ(目玉焼きのせスパゲッティ)なんていうのも話題になりましたよね。貧乏と言いながら、決して貧乏臭くなく、どこかかっこいい。『これで十分旨いだろ?』というイタリア人気質が、日本人の情緒、感性にフィットするというか。カチョエペペもその延長線上にあるのだと思います」
日本人のスパゲッティ好きも、人気に一役買っている可能性はある。
ご存じの通り、「パスタ」とは、小麦粉と水などを練った生地で作る食品の総称で、スパゲッティのようなロングパスタもあれば、ペンネやニョッキのようなショートパスタ、ラザニアのようなシート状のもの、ラヴィオリなどの詰め物系とバリエーションは膨大にある。しかしながら、そば・うどん食の民だからなのか、これほどまでにマニアックなイタリア料理が紹介されるようになった今でも、日本人の「乾麺、ロング」信仰、つまりスパゲッティ信仰は、ゆるぎない。
「イタリア料理には、おしゃれな仕立てやクリエイティブな表現を求めない。日本でモダンな、あるいはイノベーティブなイタリア料理店がなかなか広がらない現状と根っこは同じ。誰もが知っている材料で作れる味が、まごうことなき“本場の味”なわけで。マニアックでありながら、最短距離でアクセスできる本物。それがカチョエペペなのかもしれません」
シンプルだからこそ奥深い。店ごとの細部の違いを楽しむ
そして、「シンプル」と言いながら、レシピはさまざまなのがややこしい。原理主義的解釈に立つならば、チーズと胡椒だけで作らなければならず、チーズはローマのあるラツィオ州産の羊乳チーズ、ペコリーノ・ロマーノでなければならない。さらにパスタは、ローマ伝統の生パスタ、トンナレッリを使うのがセオリーだ。が、堀込さん所有の原書も含め、レシピを参照すると、パルミジャーノ・レッジャーノを加えるものや、バター(!)を加えるものもある。
「改めて食べてみるとわかると思うのですが、ペコリーノ・ロマーノは酸味と塩気がとても強いチーズです。コクと甘味のあるパルミジャーノやグラナパダーノを加えたほうが、バランスのよい味に仕上がる。外国料理であるイタリア料理を紹介する日本人シェフたちも、食べて直球で『おいしい』と思える工夫を重ねているはずです。
それからシンプルなパスタほど、わずかな作り方の違いが味に出るのが面白い。カチョエペペなら、ぶっかけか、鍋の中でソースを作って和えるのかでも違い、イタリアでも日本でも、店ごとの味があります。細部の違いを楽しみながら、ふむふむと味わうのも、シンプルなパスタの醍醐味かもしれませんね」