ビル購入とはなんともスケールの大きい話ではあるが、建物自体は昭和45（1970）年に建てられた廃墟同然の空きビル。中はボロボロ、雨漏りもひどく、すぐに住むことはできないため、約1年半かけリノベーションした。1階を店、2階をアトリエ、3階をリビングと寝室、バスルーム、4階をキッチン、ダイニングとして機能を分けた。
ショップの裏側。エントランスの意匠は当時のまま。ショップ名talkleinとは、ドイツ語で谷口さんの「谷」(tal)とパートナー小西さんの「小」(klein)で構成した造語。 
白壁と大きなガラス張りが印象的な店舗スペース。店内には国内外の服、アート、ジュエリーなどが揃う。什器は備え付けにせず、展示に合わせてフレキシブルに移動可能。 
リノベーションにあたり、最初に手をつけ、まず稼働させたのがこのアトリエ。奥の本棚や手前の白いソファカバーは自作。夫婦揃ってDIY好きで、なるべく自分たちで作る。 
南西の窓に面した日当たりの良いスペースはジュエリー作家、小西さんのアトリエ。プラスチックでコンセプチュアルな作品を制作。週に1回県外で講師も務める。 
小西さんの作業場の隣にあるのが谷口さんのアトリエスペース。布や革を使った小物を中心に、ユニフォームのデザインから店舗、什器の設計まで幅広くもの作りをする。
以前東京で内装関係の仕事をしていたという谷口さん。基本設計はすべて自分で担当。地元の大工や建具職人らとのやりとりでは、図面と材料サンプルを渡したり、アイデアをもらったりと密にコミュニケーションを取った。
「1階の店舗スペースは白とガラス張りだけのクリーンなイメージ。2階は機能的で使いやすさを重視。3、4階の住居は各スペースが独立しないよう、つながる空間作りを意識しました」
バスルームのタイルはサブウェイセラミック。谷口さんが必要な形と枚数をオーダーし、職人に張ってもらった。洗面台はドイツDURAVIT社、浴槽はアメリカKOHLER社。 
ベッドルームは段差を持たせ小屋風に。コンパクトな寝室だが、ガラス窓なので明るい印象。下は収納スペース。ベッドルームの側面から背面にかけてクローゼットがある。 
シンクはイギリスSHAWS社、ガス台は業務用。「景色がよく見えるから」とテラスの窓には3枚使いの木枠のガラス戸をオーダー。今後、テラスに小屋を造り、緑化も構想中。 
1階から2階へつながる壁は小西さんの専用スペース。アトリエに飾っていたものをはじめ、美術家・原口典之や河地貢士など、小西さんと縁のある作家の作品が並ぶ。 
4階の踊り場には、ポーランド出身の現代美術家ユニットPolke&Weissの赤ポカリスエット作品。金沢のギャラリーで購入した。このフロアはお気に入りを1枚だけ飾り、潔く。
その住み心地はいかに。「やはり暑さ寒さは大変ですが、それも1年体験して慣れました」。冬の間は3階のリビングには大きなテントを張り、中にテレビと椅子とテーブルを。断熱材がないビルでは暖かい空気が充満しない。そこで床暖房の上にテントを張ろうと考えた。
谷口さんにとって、住みながら出てきた問題を考えるのは苦ではなく楽しい作業。現在、理想の形に近づいたかと問えば「まだまだ」。暑さ、寒さをしのぐ対策は完璧ではないし、作りたいものもたくさんある。実はランプ1つ決めるのに、小西さんが10案ほど出したがすべて却下したという。
約100㎡のワンフロアに、リビング、寝室、バスルーム。壁やガラスなどの境界線があっても全体がつながる空間作りを心がけた。寒さ対策で冬はリビングにテントを張る。 
現在、キッチンの扉をどうするか検討中。「ガラスにするか木にするか、いろいろ迷って止まったままなんです」。納得するまで妥協はしない。照明はチェコのアンティーク。 
2階の踊り場。昔の塗料をへらで剥がし、階段の壁や天井はすべて自分たちで塗装。1年半前までは廃墟だったビルが生まれ変わった。この階段の壁にはアートが似合う。 
手すりや窓ガラスなど、1970年当時の意匠が至るところに残る入口。下の棚は谷口さんがデザイン設計、小西さんが作ったもの。棚や什器はコンビで作ることが多い。
「長く付き合っていくものは本当に気に入ったものじゃないと置きたくない。一度つけたらそれでいいとなってしまうから」
気に入るものが見つかるまではないまま過ごす。時間をかけてゆっくりと、妥協することなく空間を作っていくのが谷口流。
「最初から完璧を目指さない。まだまだやりたいことがあるので、余白を楽しみながらこの家と付き合っていきたいんです」
