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ブルータス編集部の本棚 Vol.2『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』

ブルータス編集部には、取材でお世話になった方々の著書を始め、いろいろな本が届きます。その中から気になる一冊を紹介するこちらの連載。第2回はパリで書かれた、辻仁成さんの新刊エッセイです。

photo: Natsumi Kakuto

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『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』著・辻仁成

ブルータス編集部の本棚 vol.2『パリの空の下で、息子とぼくの3000日』
表紙の装画や挿絵も、著者が手掛けている。

「キッチンという避難場所は救いだった。食べなきゃ、と自分に言い聞かせることで毎日を維持できるようになった。落ち込んでいられなかった。ぼくがここでがんばらないと家族が崩壊してしまうと……必死だった。だから、一日中、キッチンの火を消さなかった」

シングルファザーとして幼い息子と二人、パリで生きていくことになった著者を支えたのは、料理であり、そのためのキッチンという場所だった。心を閉ざしていた息子が、トマトとガーリックのパスタを食べて「おいしい」と一言だけ、口にする。その言葉が、家族をつなぎとめる。「食べることは生きること」という、当たり前のようでその実、辛いときや苦しいときに後回しにされがちな原則を、ひたむきに、大切に守り続け、実践した3000日間のメモだ。

著者は作家、音楽家、またYouTuberとしても表現を続けつつ、ウェブサイトやSNSの子育てにまつわる発信でも話題を呼んでいる。でもこの一冊が持っているメッセージの強さは、その作品に触れたことがある人でも、ない人にとっても関係ない。何なら子育てをしている/していた人でも、したことがない/これからもしない人でも。日々、何かに向き合って、何かしら頑張っている、頑張ろうとしている人なら、きっと胸を打たれる記録でもある。

料理をして食べることは、つながりを作ることでもある。パンデミックで、世界を旅する希望を断たれたままの読み手に向かって、著者はいう。もしふだん料理をしない人なら、料理をしてみよう。「キッチンを旅してみて。そこには広大な世界がある」から、と。

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