Wear

Wear

着る

ブルータス時計ブランド学 Vol.58〈レイモンド ウェイル〉

海より深い、機械式腕時計の世界から、知っておきたい重要ブランドを1つずつ解説するこちらの連載。歴史や特徴を踏まえつつ、ブランドを象徴するような基本の「名作」と、この1年間に登場した注目の「新作」から1本ずつ、併せて紹介。毎回の講義で、時計がもっと分かる。ウォッチジャーナリスト・高木教雄が講師を担当。第58回は〈レイモンド・ウェイル〉。

text: Norio Takagi / illustration: Shinji Abe

連載一覧へ

手が届く高品質を提供する、独立系時計メゾン

スイス時計産業がクォーツショックにより危機的状況に陥っていた1976年、時計職人レイモンド・ウェイルは、自らの名を冠したブランドをジュネーブに設立した。目指したのは、高い技術、品質、そして優雅さを兼ね備えた、スイス製時計の製作。技術は高いものの、不況に苦しんでいたサプライヤーたちと手を組み、〈レイモンド ウェイル〉はスイス製機械式時計の灯を守り続けた。それはまた、分業制で発展してきたというスイス時計産業の歴史の継承でもあった。

1980年代初頭、機械式時計に再興の兆しが見え始めると、〈レイモンド ウェイル〉は欧州各地で評価されるようになっていく。そして「アマデウス」「フィデリオ」「トラヴィアータ(椿姫)」「オセロ」といった音楽からインスピレーションを得たコレクションを次々と発表。今も広告ビジュアルにはミュージシャンやダンサーを起用し、ビートルズ、デヴィッド・ボウイ、ボブ・マーリー、〈ギブソン〉のレスポールなどとのコラボモデルも展開している。

家族経営と優秀なサプライヤーの協力で得たパーツを自社で組み立てる分業制。これを変えることなく、〈レイモンド ウェイル〉は高品質なスイス製機械式時計を手が届きやすい価格帯で提供してきた。同時にムーブメント会社〈セリタ〉との協力で、テンプを反転した構造で動きをダイヤルに露わにできる自社製キャリバーを2017年に開発。機械でもオリジナリティを発揮した。

そして2023年、メゾンに朗報が届いた。その年の新作「ミレジム」が、権威あるジュネーブ時計グランプリ(GPHG)で2,000スイスフラン以下のモデルを対象としたチャレンジ部門賞に輝いたのだ。“手が届く高品質”という創業以来変わらぬ理念が、確かな実を結んだ。

【Signature:名作】ミレジム

スタイリッシュで適度なヴィンテージ感

〈レイモンド ウェイル〉ミレジム

2023年のGPHG部門賞を勝ち取ったのが、本作である。コンセプトは、ネオヴィンテージ。スモールセコンド式、インデックスを時間単位ごとにサークルで区分けした1930年に流行ったセクターダイヤルなど、ダイヤルデザインはヴィンテージ感たっぷりである。

ダイヤル全体をわずかに膨らませたボンベとしているのも古典的だ。それをグレーとシルバーとのトーン・オン・トーンで仕立て、さらにサークル内の各層にわずかな段差を設けることで、モダンな印象を併せ持たせた。絶妙な匙加減のヴィンテージ感が、実にスタイリッシュである。ノンデイトなのも、通好み。GPHG受賞も、なるほど納得。

径39.5mm。自動巻き。SSケース。341,000円。

【New:新作】ミレジム ムーンフェイズ

微笑み浮かべる月が、ダイヤルで満ち欠け

〈レイモンド ウェイル〉ミレジム ムーンフェイズ

GPHGをきっかけに世界的な大ヒットを続ける「ミレジム」の次なる一手は、ムーンフェイズ。そのディスクに設えた月は目・鼻・口があり微笑みを浮かべる、懐中時計の時代にあった古典的な意匠を継承する。

一方でセンターセコンド式になったことで、ややモダンな印象も高まった。このアレンジも、上手い!深いブルーのトーン・オン・トーンは紺碧の夜空を、PVDでローズゴールドに染めたケースは満月を、針は月光を想起させる、といったカラーリングもお見事である。

径39.5mm。自動巻き。SSケース。396,000円。

連載一覧へ