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ブルータス時計ブランド学 Vol.53〈モリッツ・グロスマン〉

海より深い、機械式腕時計の世界から、知っておきたい重要ブランドを1つずつ解説するこちらの連載。歴史や特徴を踏まえつつ、ブランドを象徴するような基本の「名作」と、この1年間に登場した注目の「新作」から1本ずつ、併せて紹介。毎回の講義で、時計がもっと分かる。ウォッチジャーナリスト・高木教雄が講師を担当。第53回は〈モリッツ・グロスマン〉。

text: Norio Takagi / illustration: Shinji Abe

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19世紀の手仕事を受け継ぐ、ドイツ時計の新鋭

創業は2008年だが、〈モリッツ・グロスマン〉の名は、19世紀半ばのドイツ・グラスヒュッテに見付けられる。この地に1845年、旧ザクセン公国宮廷時計師が移り住んだことで時計産業が萌芽したことは、時計ファンがよく知る史実だ。その9年後に州都ドレスデンから招聘された時計師が、モリッツ・グロスマンであった。彼は、時計製作と並行してドイツ時計学校の設立に尽力するなど、グラスヒュッテ時計産業の発展に大いなる功績を残した偉人。しかし60歳目前で急逝し、彼の工房は一代限りで幕を閉じた。

そんな偉大な名を継ぐ現代の〈モリッツ・グロスマン〉は、彼が製作した懐中時計のスタイルや当時の手仕事を今に継承する。妥協のない手仕事が徹頭徹尾、隅々にまで行き渡った仕上げの素晴らしさは、グラスヒュッテでも随一。2013年に竣工したファクトリーでも、仕上げ部門にもっとも広いスペースが与えられている。

ゼンマイが収まる香箱には、ブロンズ管を押し当てゆっくりと回すことを3度繰り返し、立体的なサンバースト装飾を施す。針は職人がヤスリ掛けして胴の丸みと切っ先を形作り、ブナ材と錫で磨いて黒光りする鏡面状に仕上げている。さらにオイルランプで1本ずつ熱してブルーやブラウンバイオレットに発色させる。こうした針の製作工程だけで、丸一日要するという。

過剰なまでに作り込んだ〈モリッツ・グロスマン〉の腕時計は、2010年にデビューを果たすや否や、目利きの時計コレクターらから絶賛された。古典的な手仕事を受け継いでいるため、年間生産数がごく限られた稀少性の高さも魅力。またオーセンティックなデザインをメインとし、時計師・グロスマンが思い描いた「シンプルだが機械的に完璧な時計」を今に体現する。

【Signature:名作】パワーリザーブ・ヴィンテージ

懐中時計に範を取る、クラシカルなたたずまい

モリッツ・グロスマンのパワーリザーブ・ヴィンテージ


極めて細い針の造作やダイヤルのデザインは、時計師グロスマンが製作した懐中時計を規範とする。12時位置のロゴの書体も、当時と同じ特徴を持つ。一方で19世紀にはなかったゼンマイの巻き上げ残量をスリットに現れるブルーで示すパワーリザーブ計を装備する。

さらにリューズ機構に独創性が光る。針合わせの際にリューズを引くと針が停止するのは、他社と同じ。しかし手を離すとリューズは元の位置に戻り、回せば針が動く仕組みに。そして針合わせ後に、4時位置のボタンを押すと再起動する。こうすることで、リューズからの湿気やホコリの侵入を最低限に留めた。古典と革新性が融和する一本。

径41mm、手巻き、18KWGケース。8,305,000円。

【New:新作】テフヌート シルバーフリクション

静謐なダイヤルを織り成す、古い技巧

モリッツ・グロスマンのテフヌート シルバーフリクション

懐中時計の時代にあった銀のパウダー、塩、クリーム状の酒石、水を混ぜたペーストを何度も擦り付けた後、表面を研磨する銀摩擦メッキを現代に再現。ほのかな陰影が宿る静謐なダイヤルを作り上げた。アラビア数字は、手彫りした中に黒いラッカーを流し込んでいる。

手焼きでブラウンバイオレットに発色させた自社製の針は、ブランドを象徴する一つ。フラットのように見えるが実は全体が丸みを帯び、鏡面状に輝く様子は、世界一美しい針と称賛されることも。針先とインデックスとの距離感も、綿密に計算されている。小振りなサイズ感でクラシカルな印象もあって、取り扱いやすい。

径39mm、手巻き、18KRGケース。6,930,000円。

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