先端と伝統の技術が、ともに息づく場所で
時計専業ブランドにも引けを取らない製造体制
フランスを代表するハイジュエラーである〈カルティエ〉は、ウォッチメゾンとしても長い歴史を持つ実力派である。時計の製造拠点はスイス国内に5つあり、今回訪れた「カルティエ マニュファクチュール」は、それらのハブとなる存在だ。ファクトリーは、スイス時計産業の中心地の一つラ・ショー・ド・フォンの郊外、緑豊かな丘陵地にモダンな姿でたたずんでいる。
最初に案内されたのは、プロトタイプ部門。パリとジュネーブのデザインスタジオで描かれたスケッチが、ここでまず3Dプリンターで立体的なモックアップとなる。造形を入念にチェックした後、プロトタイプが製作され、耐衝撃性、耐磁性、耐酸性、耐疲労性、巻き上げ効率などを入念にテスト。これらに合格して、ようやく製品化へとたどり着く。
プロトタイプ部門には、操作の自由度が高い汎用の工作機械と、コンピューター数値制御で高度に自動化されたCNCマシニングセンターが整備されていた。さらにここでは、加工時に部材を固定する治具や特殊なバイト(工作刃)まで作られていて、その体制はまさに名門時計ブランドといえる。
ファクトリーは、延床面積3万3000平米と広大。その多くが、工作機械のために充てられている。高性能なCNCマシンがズラリ並んだ様子は、圧巻。これらは主にブレスレットのパーツ製造に励んでいる。加工公差(許される誤差)4~5ミクロン。高精度に削り出されたブレスレットリンクは、人の手で丁寧に組み立てられ、別のファクトリーから届けられたケースとともに手作業でポリッシュやサテン仕上げが施される。
針の製造も、「カルティエ マニュファクチュール」の重要な仕事だ。メゾンを象徴するブルーの針は、着色ではなく、スティールを熱して変色させる伝統的な技術を継承。熱を完璧にコントロールすることで、鮮やかなブルーの発色が得られる。
スケルトンダイヤルは、専門の職人の手ですべてのエッジを磨き上げている。さらに風防ガラスを金型に載せ、回転させながらバーナーであぶって曲げ加工しているのには、驚かされた。こうして美をかなえた外装パーツとムーブメントとが、ここで組み合わされて時計として完成する。
またファクトリー内にはレストア部門を併設。ここでは19世紀の手動工作機械が現役で働き、当時と同じ技術でさまざまな時計が修復される。工作機械の時代にまでこだわった修復部門を持つのは、時計専門ブランドでも稀。〈カルティエ〉のウォッチメイキングは、ユーザーに手元に渡った、そのはるか未来まで見据えている。
17世紀の農家を改築したアトリエも
さまざまな伝統工芸技術が、一つ屋根の下に息づく
一通り見学が終わると、隣接する別の建物に案内された。「カルティエ マニュファクチュール」のモダンなファサードとは対極を成す、土壁と木で作られた古い農家を改装した工房の名は、「メゾン デ メティエダール」。メティエダールとは、フランス語で“芸術的な手仕事”を意味する。ここではエナメルやマルケトリなどの工芸技術を駆使したダイヤルやジュエリーウォッチ、そしてトゥールビヨンをはじめとするさまざまな複雑時計が作られている。
かつてラ・ショー・ド・フォンでは、農家が冬の閑散期に時計のパーツ製造に勤しみ、やがて時計産業の中心地となった。17世紀当時に建てられた農家の姿を残す「メゾン デ メティエダール」は、スイス時計産業の歴史を感じることができる。
その建物内には、いくつもの伝統的な手仕事が息づいていた。エナメルは、焼成こそ電気炉になってはいるが、高温で溶けた釉薬から大きな炎が上がるグラン・フー(フランス語で大きな炎の意)の伝統を継承。技巧もミニアチュール(細密画)、金線で絵柄を縁取るクロアゾネ、グリザイユ(モノクロ絵画)、彫金した上に釉薬を施すシャンルベなど、実に多彩だ。壁にはズラリと色見本が並べられ、職人はこれにならってメゾンが理想とするエナメルダイヤルを作り上げている。
ほかにもジェムセッティング、宝石や貴石に彫刻を施すグリプティック、ゴールド フィリグラン(線条細工)、エングレービング(彫金)といったさまざまな工芸家が、ここで腕を振るう。
さらに工房の一角で、上に防塵装置が取り付けられた特別な机で作業する職人の姿を見付けた。彼が取り組んでいたのはトゥールビヨンの組み立て。〈カルティエ〉は伝統的な複雑機構と、自動巻きローターをムーブメント本体とするような独創的なメカニズムを、自社で開発・製造できる優れた技術力を持つ。そうした機械式時計の花形たちが、まさにここ「メゾン デ メティエダール」で一つずつ完成していく。
高度な工業化と伝統的な職人技術とを両立させることで、〈カルティエ〉の高性能で美しく、多彩な腕時計は生み出される。