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ブルータス時計ブランド学 Vol.22〈エルメス〉

海より深い、機械式腕時計の世界から、知っておきたい重要ブランドを1つずつ解説するこちらの連載。歴史や特徴を踏まえつつ、ブランドを象徴するような基本の「名作」と、この1年間に登場した注目の「新作」から1本ずつ、併せて紹介。毎回の講義で、時計がもっと分かる。ウォッチジャーナリスト・高木教雄が講師を担当。第22回は、自由と創造のメゾン、〈エルメス〉。

text: Norio Takagi / illustration: Shinji Abe

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時間を素材に。デザインと機構で独創性を発揮

多くの女性が憧れる〈エルメス〉による時計製造の歴史は、1928年にまで遡れる。スイスの名門「ジャガー・ルクルト」や「ユニバーサル・ジュネーブ」らと協業し、オリジナルデザインの腕時計を製作。そして1978年に時計製造を専業とする子会社「ラ・モントル・エルメス」(現エルメス・オルロジェ)をスイス・ビエンヌに設立し、メゾンが理想とする時計をクリエーションしてきた。

その創造性はまず、メゾンのルーツである馬具をモチーフとした「アルソー」や代表的なブレスレット「シェーヌ・ダンクル」から着想を得た角型時計「ケープコッド」といったデザインに発揮された。個性的かつ洗練されたシンプルな美しさが、〈エルメス〉の腕時計の大きな魅力。と同時に、2006年に高級ムーブメント会社「ヴォーシェ・マニュファクチュール・フルーリエ」(以下ヴォーシェ社)に資本参加するなど、機械的な魅力も高めていく。

〈エルメス〉にとって時間は素材。腕利きの設計師が率いるアジェノー社やクロノード社と手を組み、ボタンを押したときにしか正しい時刻を針が示さない“時を忘れる時計”や、時分針が備わる小ダイヤルが地図上を回転し、24都市の時刻を示す“ダイヤルが旅するワールドタイマー”といった独創的な機構を持つモデルを次々と発表。また永久カレンダーのような伝統的な複雑機構もラインアップに加えている。これらのメカニズムは、精巧なヴォーシェ社製ムーブメントと組み合わされたこともあり、熱心な時計コレクターの耳目を集めてきた。

〈エルメス〉は、高級腕時計の真の価値はムーブメントにあると心得る。そしてエレガントなデザインやメカニズムのアイデアを、高い専門技術を有するムーブメント会社に託し、理想の時計製作をかなえる。

【Signature: 名作】アルソー スケレット

馬具をモチーフとした、上下でアシメトリーなデザイン

©Calitho

「ラ・モントル・エルメス」設立の同年に誕生し、エルメスが初めてシリーズ化したのが、この「アルソー」である。外観を特徴付ける上側を大きく、下側を極端に小さくしたアシメトリーなラグのデザインは、馬具の鐙がモチーフ。流れるような筆致のアラビア数字は、風になびく馬のたてがみを想起させる。

スモーキーなサファイアクリスタル製ダイヤルから、ムーブメントを透かし見せるこのスケルトンは、2020年の登場。ムーブメント自体もスケルトナイズされ、ダイヤル側から時をカウントするテンプや歯車の動きを目にできる。ストラップには、バッグと同じ上質なアリゲーターを用い、スイスの「エルメス・オルロジェ」のアトリエで手縫いされている。

径40mm。自動巻き。SSケース。1,199,000円。

【New: 新作】エルメス H08 クロノグラフ

軽やかな新素材をまとったクロノグラフ

©Joël Von Allmen

直線と曲線、サテンとポリッシュなど相反する2つを組み合わせた力強くもエレガントなデザインを特徴とする2021年誕生のメンズウォッチに、待望のクロノグラフが追加された。ケースはカーボンコンポジッド(複合材)製でベゼルはチタン製と、軽量にして強靭。クロノグラフ機構は、リューズと統合したボタン一つで操作するモノプッシャー式とした。

このメカニズムはモジュール式で、ヴォーシェ社製の高品位なオリジナルムーブメントと組み合わせられている。丸いダイヤルに対し、2つのインダイヤルはスクエア型とし、内側を強く荒らした仕上げとすることで豊かな表情を創出。ブランドカラーであるオレンジが随所に用いられ、アイコニックに装った。

径41mm。自動巻き。カーボンコンポジット+チタンケース。予価2,145,000円。2024年7月以降発売予定。

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