時計史にも金字塔を打ち立てる、名門ジュエラー
1847年、特別な顧客のオーダーメイドに応える高級宝飾メゾンとして創業した〈カルティエ〉は、その6年後パリにジュエリーブティックを開業し、一般客へ門戸を開いた。それに伴い、時計製作にも着手。そして1898年、3代目当主ルイ・カルティエが経営に参画したことで、メゾンの時計製作は大きな飛躍を遂げることとなる。
パリの社交界で名を馳せていた彼は、ある日ブラジルの富豪であり飛行家のアルベルト・サントス=デュモンから「飛行機を操縦中でも、時間が分かる時計が欲しい」との依頼を受けた。当時、操縦桿は両手で操作していたため、懐中時計は取り出せない。そこでルイ・カルティエは、腕に着けられる小型で高精度な時計を作り上げた。
1904に完成した「サントス」ウォッチは、男性用腕時計の始祖として時計史にその名を刻む。しかもルイ・カルティエはその時、腕時計ならではのフォルムまでも考察した。懐中時計にはなく腕時計には不可欠なストラップを調和させるためにケースを角型とし、ストラップを留めるラグを柔らかな曲線でつなぎ合わせたのだ。1906年には、〈カルティエ〉初の市販腕時計「トノー」(樽型)が誕生。「サントス」ウォッチも、1911年から市販化された。
〈カルティエ〉は、時計業界に先んじて腕時計の普及に努めた存在であった。また「サントス」で試みたケースとストラップの融和は、その後も考察が続けられ、1917年に現代に続くアイコンを生み出すこととなる。
モチーフとなったのは、第1次世界大戦を終戦に導いた戦車(タンク)ルノーFT-17。それを1916年12月に真上から見たルイ・カルティエは、翌年に正方形の左右の辺を上下に伸ばした4本の直線で図案化。そのスケッチを基に、上下に突き出す4本の線をラグとした角型時計「タンク」が誕生したのである。ケースとラグは完全に統合され、さらにストラップをダイヤルと等幅にすることで完璧な調和が図られた。以降「タンク」は今日まで、多くのバリエーションを生み出すこととなる。
デフォルメしたローマ数字、線路型目盛り、リューズのカボションなど今あるカルティエ ウォッチのデザインコードの多くは、ルイ・カルティエによって創出された。それを継承しながら〈カルティエ〉は、エレガントかつ普遍の機能美を併せ持つ時計製作を続けてきた。
2001年には、スイスのラ・ショー・ド・フォンに時計の設計・開発・製造拠点「カルティエ マニュファクチュール」を設立。2010年には初の自社製ムーブメントCal.1904 MCを世に送り出した。技術研鑽はハイスピードで進み、トゥールビヨンや永久カレンダーといった伝統的な複雑機構に加え、独創的なメカニズムの数々の自社製造を実現している。
腕時計を先駆け、時計史に名を刻むいくつもの名作を生み出してきた〈カルティエ〉の時計製作は、ジュエラーの余技などでは決してない。
【Signature: 名作】タンク ルイ カルティエ
レクタンギュラー(角型)ウォッチの永遠のアイコン
ほぼスクエアだった初代「タンク」のケースを、ルイ・カルティエが好んだ黄金比に基づき、縦にわずかに伸ばしたフォルムは1922年に誕生した。その際、ラグの先端は丸く整え直され、柔らかな印象が与えられた。デフォルメしたローマ数字と線路型目盛りの組み合わせは、「タンク」誕生以前からあるデザインコードである。
この現行モデルでは、線路型分目盛りの内側に、ギョーシェと呼ばれる彫り模様が華やぐ。100年以上にわたりほぼ変わらぬ姿を受け継ぐ、カルティエ ウォッチのアイコンにして、角型時計のアイコン。搭載するムーブメントCal.1917 MCは、薄型の手巻きの傑作をベースとし、機械的な威力も高い。
縦33.7×横25.5mm。手巻き。18KPGケース。1,742,400円。
【New: 新作】サントス ドゥ カルティエ
世界初のメンズウォッチの姿を受け継ぐ
柔らかなカーブでケース側面とラグとがつながるスクエアケースは、1904年に生まれた「サントス」ウォッチからの継承。ビス留めされたベゼルも初代と同じで、そこに横ストライプを刻み、ブレスレットにもベゼルと同じビスを与え、ルイ・カルティエが目指したケースとストラップ(ブレスレット)との一体感をより高めた。
ビス留めベゼルのブルーは、ダイヤルのインデックスや針と巧みに色合わせしているのが見事。線路型分目盛りの内側にも横ストライプを刻み、外装全体の調和が図られている。
縦47.5×横39.8mm。自動巻き。SSケース。1,095,600円。