Wear

Wear

着る

ブルータス時計ブランド学 Vol.19〈H.モーザー〉

海より深い、機械式腕時計の世界から、知っておきたい重要ブランドを1つずつ解説するこちらの連載。歴史や特徴を踏まえつつ、ブランドを象徴するような基本の「名作」と、この1年間に登場した注目の「新作」から1本ずつ、併せて紹介。毎回の講義で、時計がもっと分かる。ウォッチジャーナリスト・高木教雄が講師を担当。第19回は、シンプルなデザインにこだわり完全な自社製造を貫く、〈H.モーザー〉。

text: Norio Takagi / illustration: Shinji Abe

連載一覧へ

ブランドロゴすら削る、ミニマリズム

ドイツとの国境にほど近いスイス北部のシャフハウゼンは、機械産業が盛んな町として知られる。その礎を築いたのは、〈H.モーザー〉の創業者ヨハン・ハインリッヒ・モーザーであった。シャフハウゼンで生まれた彼は、時計師としての修業を終えた後、1828年に新たな市場を求めロシアのサンクトペテルブルクに自身のブランドを創設した。翌年には、スイスのル・ロックルに時計工場を開設。高性能なスイス製時計はロシアで大評判となり、ハインリッヒは巨万を富を得た。

そして1848年、シャフハウゼンに帰還した彼は、私財を投じて運河を整備し、水力発電所を建造して企業を誘致したことで、故郷に経済的な発展をもたらしたのである。それと並行して時計製作も続けられ、ハインリッヒ亡き後も子孫に事業は受け継がれてきたが、1970年代のクォーツショックにより休眠を余儀なくされた。

〈H.モーザー〉の名が、再び世に出たのは2002年。2005年にはシャフハウゼンの隣町、ラインの滝で知られるノイハウゼンにファクトリーが完成し、翌年には新生〈H.モーザー〉初のコレクションが発表され、完全復活を果たした。自社製ムーブメントは心臓部であるテンプと脱進機とをユニット化し、単独で取り出して調整可能とするなど独創性に富み、また外装と機械とに上質な手仕上げが行き渡る。ほどなくして〈H.モーザー〉の名は、コアな時計コレクターの間で評判となった。

そして2012年、スイス時計産業の黎明期から続く名門メイラン家率いるMELBホールディングが経営権を取得したことで、ブランドは大きな飛躍を遂げることとなる。経営を任されたのは、メイラン家の長男エドゥアルド・メイラン。彼はまず、すべての自社製ムーブメントを精査し、改良して品質を格段に向上させた。そして「VERY RARE」、すなわち極めて稀少であることをコンセプトに掲げ、上質な外装と精緻なムーブメントのそれぞれに唯一無二の価値を持つブランドへの転換を図った。

外装においても、建築界の巨匠ミース・ファン・デル・ローエが提唱した「Less is More」を理念とし、無駄を徹底的に削ぎ落していった。それを象徴するのが、2015年に誕生した「コンセプト」シリーズである。元より〈H.モーザー〉は、再興を果たした当初からフュメと名付けた繊細なグラデーションダイヤルが高く評価されていた。

「コンセプト」は、ダイヤルからインデックスとロゴを取り払い、フュメダイヤルの美しさで〈H.モーザー〉の時計だと分からせる大胆な試みで、時計界に一石を投じた。ほかにもスマートウォッチの外観に似せ、逆説的に機械式の魅力を伝える「スイス・アルプ・ウォッチ」など新機軸を次々と打ち出していく。

こうした独創性を支えるのは、家族経営であることと高い内製率。ムーブメントのパーツを自社製造するブランドは数多い。しかし〈H.モーザー〉は、ヒゲゼンマイまでも自社製造する極めて稀有な存在である。パーツ製造のほとんどを他社に頼らないため、設計の自由度はより高まる。アイコンであるフュメダイヤルも、むろん自社製。〈H.モーザー〉のファクトリーでは、精巧さと独創性、そして美しさが育まれている。

【Signature: 名作】エンデバー・センターセコンド

ミニマルを極めた、引き算の美学

〈H.モーザー〉エンデバー・センダーセコンド

放射状に繊細な筋目を付けたサンレイ仕上げによって、メタリックな質感を得た鮮やかなダイヤルの鮮やかな青は、名付けてファンキーブルー フュメ。ロゴとインデックスがない“コンセプト”だから、ダイアルの美しさが一層際立つ。

リーフ形の時分針は、中で折り曲げたような峰形とし、造作に凝る。ケースもベゼルを凹状にすることで光の反射を集約させて輝きを増し、再度には曲面のくぼみを入れて温和な印象を与えている。フュメダイヤルに加え、オーセンティックな丸形ケースもディテールを突き詰め、独創的な美を構築するのが、〈H.モーザー〉らしさだ。世界限定100本。

径40mm。自動巻き。18KWGケース。3,454,000円。

【New: 新作】ストリームライナー・トゥールビヨン ベンタブラック®

闇に吸い込まれそうな、究極のブラック

ストリームライナー・トゥールビヨン ベンタブラック〈H.モーザー〉

2020年に誕生した、ブレスレット統合型のコレクションからの最新作。レトロなクッション型ケースと曲線で織り成したソリッドなブレスレットが、初めてレッドゴールドをまとった。ブラックのダイヤルは、光を99.965%吸収するコーティング材ベンタブラック®製。これを時計界で用いているのは、〈H.モーザー〉だけだ。

見つめていると吸い込まれそうに感じるほどの黒を背景に、トゥールビヨンの回転がより幻想的に映える。バーインデックスは特殊な技術で裏側から固定され、明るいレッドゴールドの色味が黒に映える。同じくレッドゴールド製の時分針には、セラミック系の畜光材をセットした。

径40mm。自動巻き。18KRGケース。17,160,000円。

連載一覧へ