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ブルータス時計ブランド学 Vol.18〈リシャール・ミル〉

海より深い、機械式腕時計の世界から、知っておきたい重要ブランドを1つずつ解説するこちらの連載。歴史や特徴を踏まえつつ、ブランドを象徴するような基本の「名作」と、この1年間に登場した注目の「新作」から1本ずつ、併せて紹介。毎回の講義で、時計がもっと分かる。ウォッチジャーナリスト・高木教雄が講師を担当。第18回は、トップスポーツとのコラボからも目が離せない〈リシャール・ミル〉。

text: Norio Takagi / illustration: Shinji Abe

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超軽量という高級時計の新しい価値を創出

高級時計の概念は、〈リシャール・ミル〉によって覆された。市場デビューは、2001年。ブランドのコンセプトは、当時も今も変わらず「腕時計のF1」である。日本展開が本格的に始まった2004年、初めて〈リシャール・ミル〉の時計と出会った時の衝撃は、決して忘れられない。ジュネーブの5つ星ホテルで行われた展示会場に入ると、ブランドの主リシャール・ミル氏は、こっちに向かって時計を放り投げてきたのだ。なんとかキャッチすると、彼は「落としても大丈夫、私の時計はそれくらいでは壊れないから」と、笑みを浮かべた。

その時計が搭載していたのは、極めて繊細で壊れやすい複雑機構のトゥールビヨン。〈リシャール・ミル〉は、そのムーブメントのパーツを固定する地板と、ブリッジと呼ばれる各プレートに、軽く弾性に優れるチタンやカーボン系素材を用いることで、極めて優れた耐衝撃性を実現していた。

またケース素材には、初期にはチタンを多用し、軽量化。人間工学に基づく三次元曲面で形作られたトノー(樽)型ケースの抜群のフィット感と相まって、「着けていることを忘れるほどに軽く、また壊れない」という高級時計のまったく新しい価値を創出したのである。さらにケースとムーブメントを同時に設計することで完璧に調和させ、ダイヤルを取り払って機械とデザインとの融和を図ったのも、〈リシャール・ミル〉が初だ。

その後も実に多様な新素材をケースに駆使して時計をより軽く、硬く進化させ、素材独特の質感や色でも常識を覆してきた。テニスプレイヤーのラファエル・ナダルやゴルファーのバッバ・ワトソンといった一流アスリートたちと手を組み、それぞれの競技に適した時計を開発。それを彼らが身に着け、メジャータイトルを獲得したことで、プレイを邪魔しない軽さとフィット感、そして頑強さを証明してきた。

素材もデザインも、ムーブメントも極めて先進的な〈リシャール・ミル〉は、高級時計界で唯一無二の存在。と同時に、その製作現場では、伝統的な職人技が息づいている。

特殊な素材を用いるケースのほとんどは、自社製造。高性能なCNCマシニングセンターを職人が付きっきりで微調整しながら、切削誤差0.01mm以下の高精度で切削加工している。ここまで小さな許容誤差は、時計界では他に例がない。またムーブメントも、高級時計製作の伝統に則り、一人の職人が最初から最後まで責任を持って組み立てている。手練れの彼らは、各歯車の高さを完璧に合わせ、歯車間の隙間もギリギリまで詰め、組み立てる。こうすることで全パーツの整合性が図られて、衝撃を受けた際に互いに守り合い、頑強となる。

さらに表と裏から露わになるムーブメントの各パーツは、丁寧にサテンとポリッシュとで分けて仕上げられ、美観を得てもいる。これらの作業には手間と時間がかかるが、リシャール・ミル氏曰く「我々の時計製作では、コストは度外視している」。当然、時計は超高額となり、年間の生産本数は極少量に限られる。それゆえ〈リシャール・ミル〉は、富裕層の時計ファンにとって憧憬の対象となった。

先進的であり、伝統的。相反する2つが融合する〈リシャール・ミル〉は他に比肩するものがなく、高級時計市場で独自の道を行く。

【Signature:名作】RM35-03 オートマティック ラファエル・ナダル

スポーツに特化した革新的自動巻き機構

〈リシャール・ミル〉RM35-03 オートマティック ラファエル・ナダル

2022年に登場したラファエル・ナダルとのコラボシリーズ最新作にして、新定番。ケースとベゼル、裏蓋には、シリカ糸の平行繊維層を45度、角度をずらしながら積層し、高温高圧で固めた複合材クォーツTPTを用い、極めて硬く、軽い。

ダイヤルに露わになったムーブメントは、パーツを支えるX型フレームで優れた耐衝撃性を得ている。そして自動巻きローターに、優れた革新性が潜む。一般的な自動巻きは完全に巻き上がると、ゼンマイが自身が収まる香箱内でスリップする。しかしテニスなどのスポーツ中に自動巻き時計を身に着けると、ローターは回転し続け、香箱内のスリップが過剰となり摩耗が進む。これを防ぐのが、8時位置のボタン。これを押してスポーツモードにすると、ローターが蝶の羽根のように開いて回転しづらくなるのだ。再びボタンを押せばローターは閉じて、優れた回転効率を得る。これを名付けて「バタフライローター」。スポーツウォッチにおける究極の自動巻き機構が誕生した。

縦49.95×横43.15mm。自動巻き。クォーツTPTケース。27,500,000円。

【New:新作】RM UP-01 フェラーリ

機械式腕時計の薄さの限界に挑む

〈リシャール・ミル〉RM UP-01 フェラーリ

〈リシャール・ミル〉は2022年、フェラーリとの初のコラボモデルで機械式腕時計の究極の薄さに挑んだ。そのケース厚は、わずか1.75mm。ムーブメントはケースよりもさらに薄く、たった1.18m厚しかない。いずれも世界最薄である。

この薄さをかなえるため、ケース内部を最大限にまで使い、歯車を極力重ねない構造とした。むろん、すべてのパーツが極薄に精密加工され、またテンプの振動に準じて歯車の回転を制御する脱進機は極薄となる新たな形状を開発し、特許を取得。その動きは、オフセットダイヤル右側で時をカウントするテンプの下に見ることができる。

リューズも表面左サイドにゼンマイの巻き上げ用と針合わせ用とを上下に配置し、専用のコレクターで操作する仕組みとした。ムーブメントの地板とブリッジ、そしてケースはグレード5チタン製で超軽量。世界最薄のケースは、腕に吸い付くように軽く、本当に着けていることを忘れる。世界限定150本。

縦39×横51mm。手巻き。グレード5チタンケース。247,500,000円(完売)。

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