食欲&読書の秋のお供に
稲田俊輔
本の中で「ワタシの専攻は天丼」と書いていらっしゃる小野瀬さんが、その天丼ではなく焼きそばについて書き始めたきっかけは何だったんですか?
小野瀬雅生
本腰を入れたのはこの1年ほどです。実は去年の夏、最初はカツ丼にハマっていたんです。ところが並行して家で焼きそばを作っていたら、遥かに裾野が広いので俄然面白くなってしまって。
同じ頃にnoteも始めたのですが、当然焼きそばの投稿がどんどん増え、10年間続けてきたブログでも案外焼きそばを食べ歩いていたことに気づきました。でも、家で蒸し麺を作るまでになり、焼きそばの深淵が怖くなってきてもいる昨今です……。ところで、稲田さんにとっての“おいしい焼きそば”とは?
稲田
これは難しい問いですね。嫌いな焼きそばはないんですよ。ただ、自分の中でまだその答えは出ていない。ソース焼きそばが一番メジャーなのは誰もが認めるところですが、「焼きそばの代表」になっているのが若干気になっていて。
というのも僕は鹿児島生まれで、本に登場する〈山形屋食堂〉のようなあんかけ焼きそばか、大量の野菜を炒めて出た汁気を麺に吸わせたような塩やきそばがデフォルトだったんです。と言いつつ、若い頃には目玉焼きがのったガッツリ濃い味のソース焼きそばをおかずにご飯を食べていたりもして、そういう変遷の中で自分はどういう焼きそばが食べたいのかよくわからなくなっていました。
でもこの本を読んで、目の前の焼きそばを素直に楽しめばいいんだなと理解しました。小野瀬さんのように、すべてを受け入れる前提で臨めばいいのだと。
卵との和解、焼きそばの沼
小野瀬
稲田さんの本で、ぐっときたのが天抜きの章です。お店の方との距離感の測り方に共感しつつ、お話のスライスの仕方がシャープなのでいい落語を聴いたあとのような、あるいは将棋の爽快な一手を見たかのような読後感でした。
稲田
ありがとうございます。「話のスライス」、生まれて初めての語彙で褒めていただきました。ところで小野瀬さん、以前は苦手だったと吐露されている卵を克服して、焼きそばに生卵や目玉焼きをトッピングされていますが、ちなみに目玉焼きには何をかけて食べますか?
小野瀬
よく「醤油かソースか」という話題になりますが、目玉焼きと“和解”して日が浅いので、まだその域に達してないんです。
稲田
僕はご飯があれば醤油で、なんですが、洋食屋さんでは目玉焼きの食べ方の“儀式”がありまして。「ハンバーグにのっている目玉焼きは、最初に必ずライスの上に移動させる」という。
小野瀬
ほほう。
稲田
これはデミグラスソースを汚したくない、純粋に味わいたいがためなんです。黄身がとろりと混じると、いやが上にもおいしいじゃないですか、だから、おいしい黄身は米にまかせよう、と。
小野瀬
「デミグラスを汚したくない」というフレーズ、刺さりました(笑)。
稲田
本に登場する中で体験したことのないのが「ソースを後がけする焼きそば」と「ジャガイモが入っている焼きそば」でした。これはぜひ、近々食べたいです。でも実は、今一番気になっているのが「クリーム焼きそば」です。
小野瀬
〈木更津焼きそば〉ですね。
稲田
それを心から食べたいか?と問われると、必ずしもそうではないんですけど「こういうものを出す方のお店に行ってみたい!」という衝動が。
小野瀬
廃業したお風呂屋さんを居抜きでお店にしていて、奥の方にはなぜかジャパン・ヴィンテージのギターやアンプが並べてあって。情報量が多くてぼんやりしちゃうんですよね。女性用の(元)浴場を見せてもらうという良い経験も。
稲田
貴重な体験を受けて「女湯。女湯」、と2度書いていらっしゃる(笑)。
小野瀬
でもこうしたお店すら、おそらくまだ、焼きそばの入口にすぎない。日本のどこかにはまだまだ、何かに特化していたり、地域に根ざした面白い焼きそばがあるんだろうなあと思いながら、膨大な未訪店リストを見つめています。
稲田
果てしない旅は、続きますね。
小野瀬
本当にいろいろありすぎて、焼きそばの話をし始めるとまとまらないし、終着点が見えない。怖いです。