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わざわざ行きたい!「物語」のあるご当地麺。タイピーエン、高遠蕎麦、耳うどんetc.

この場所で、この麺が生まれた“理由”と地元で愛され続ける“歴史”があるご当地麺。 これこそ地方グルメブームとは一線を画す、“ソウルフードとしての麺”なのだ。

初出:BRUTUS No.724「ラーメン、そば、うどん」(2012年1月15日発売)

illustration: Yoshiyuki Osaki / text: Shogo Kawabata / special thanks: Aya Kiyoshi

蕎麦かっけ(岩手県・二戸市)

いつの間にか主役に。これぞ切れ端の妙味

山間の二戸は稲作が困難で、昔から蕎麦などの雑穀の栽培が盛んだった地域。蕎麦を三角形に切り、野菜と一緒に煮込んで鍋料理のように皆でつつく「蕎麦かっけ」は、古くから伝わる郷土料理だ。蕎麦をきれいに細長く切ったあとに残る切れ端を鍋の具材にして食べていたものが、いつのまにやら立派な料理となり、わざわざ蕎麦を三角形に切って作られるようになった。体の内側からグッと温まる、ニンニク味噌をつけていただく冬の定番。

大崎吉之 イラスト

ながも蕎麦(新潟県・佐渡市)

佐渡の船旅前に欠かせない一杯

長いもので10mにもなる海藻「ナガモ」は佐渡島の特産品。“海の納豆”と呼ばれるほどトロトロとした粘り気があり、2月の旬の時季にはとろみが一段と増す。新潟と佐渡を結ぶ佐渡汽船のターミナルビルにある食堂では、このナガモをのせた蕎麦が名物となっている。器を埋め尽くすほどたっぷりのったナガモを蕎麦と一緒にツルツルと頬張ると、想像していなかったシャキシャキした食感の驚きとともに、海の香りが鼻からフッと抜けていく。

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高遠蕎麦(福島県・会津)

なんと長ネギ一本を箸の代わりに食らう!

茅葺(かやぶ)き屋根の民家が連なり、江戸時代の宿場町の様子をそのままに残す大内宿。〈三澤屋〉では、蕎麦を箸ではなく、“長ネギ”に引っ掛けて食べる。しかも、薬味としても齧(かじ)るから、食べ進めるうちに短くなっていくのだ。これは会津の結婚式などの祝いの席で行われていた風習にちなんだもの。辛味のある「アサギ大根」のおろし汁を蕎麦つゆにしていただく。さすがに長ネギ一本は食べ切れん、という方は、おみやげとしてお持ち帰りも可。

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耳うどん(栃木県・佐野市)

猟奇的ネーミングの、そのこころは?

なにやらただならぬ名前の由来は耳のような麺の形状から。なぜこの形になったかには諸説あるが、年頭に耳を食べてしまえば今年も一年悪いことを聞かずに過ごせる、というような魔除けの意味合いで、正月料理として食べられてきたといわれている。すいとんに似たモチッとした食感の麺に、お正月らしい伊達巻やシイタケ、ナルトなどが具として入る。佐野ラーメンでも有名な佐野市にある蕎麦屋〈野村屋本店〉などで、年始に限らず通年食べられる。

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とうじ蕎麦(長野県・松本市)

しゃぶしゃぶ仕立てはおもてなしの一品

野麦峠周辺の寒村に伝わる、ハレの日のおもてなしの一杯。根菜やキノコ、鶏肉などを入れた熱々の鍋をダシ汁で煮込む。そこに、蕎麦をのせた竹籠を入れてさっと湯がいて別の器によそい、煮汁やネギを加えて食べる。蕎麦のしゃぶしゃぶのような料理。“とうじ”の語源は、つゆに浸すことを「湯(とう)じ」と言うことから。なぜこのような食べ方をするのかははっきりしないが、細い蕎麦を煮崩れさせないようにするためではないかと推察されている。

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タイピーエン(熊本県・熊本市)

熊本の中華料理店では問答無用の超定番

もともとは中国福建省の郷土料理で、明治時代に華僑によって日本に伝えられ、特に熊本でよく食べられるなか、独自の進化を遂げたもの。当時手に入りづらかったアヒルの卵は鶏の卵に、ワンタンは春雨麺へと置き換えられ、今に伝わっている。熊本では非常にポピュラーな麺料理で、中華料理店では必ずラインナップされる定番。給食のメニューにもなるほどのソウルフードだ。スープの味も豚骨、醤油、塩など店によって様々ある。

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鮑腸(ほうちょう)(大分県・大分市)

殿様の大好物を模したら驚愕の長さに

数人がかりで延ばして、2m以上に。長いにもほどがある麺を使う料理。かつては、“はしごに登って食べた”などの逸話も残る、摩訶不思議な食べ物だ。戦国時代、鮑(あわび)が不漁となった年、鮑の腸が大好物だった殿様のために、それに似せたこの麺料理を出したところ大変喜んだことから作られるようになったといわれているが、鮑の腸が2m以上あるわけもなく何かと謎めいている。大分特産のカボスを効かせた麺つゆで食す爽やかな味が、夏場にたまらない清涼感を与えてくれることだけは確かだ。

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六兵衛(長崎県・対馬)

日本で唯一の押し出し製法で作られる麺

サツマイモを原料とした珍しい麺を使う「六兵衛」。イモを発酵させて取り出したでんぷん質を練り、穴の開いた押し出し用の道具を通して麺にするという、非常に手間がかかる珍しい製法で作られる。太くて短い麺は、とても弾力があり、噛むとほんのりと甘い風味が口に広がる。醤油ベースのつゆにネギなどを薬味にのせた素朴な料理だ。その名の由来は、飢饉の際にサツマイモで麺を作る方法を考え出した村の名主の名から。

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瓦蕎麦(山口県・下関市)

瓦に秘められた無限の可能性が開花!

西南戦争の際、薩摩軍の兵士たちが瓦で肉や野草を焼いて調理したという話をヒントに、下関の料理屋が昭和30年代に考案したといわれる料理。瓦の上で茶蕎麦と牛肉、錦糸卵を焼き、温かい麺つゆにつけて食べる。焼けて茶蕎麦の風味がたち、パリパリの食感となった麺が食欲をそそる。熱々の状態でしっかり保温してくれる瓦の知られざる能力にも驚く。家庭ではホットプレートで作るそうだが、台所に一枚常備しておきたくなるほど。

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ガザミ蕎麦(沖縄県・西表島)

南国の森の、野趣あふれる一杯

「ガザミ」とは西表島(いりおもてじま)のマングローブ林に生息するノコギリガザミという蟹(かに)のこと。地元では高級食材として知られるこの蟹をまるごと煮込んでダシをとり、半身がドンとのる贅沢な一杯。この大きなハサミで貝の硬い殻を砕いて食べているだけあって、殻はとにかく頑強。“蟹バサミを砕くための専用ハサミ”を駆使し、ハサミの異種格闘技戦を繰り広げながら、野性味溢れる味わいの身を、ツルリ喉越しのいい八重山蕎麦とともにいただく。

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