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最後に夢見たのは「水面を歩く」こと。現代美術家クリストのドキュメンタリー映画

2020年にこの世を去った現代美術家・クリストの最後のプロジェクトは「水面を歩く」というものだった。構想から完成までを収めたドキュメンタリー映画で、彼の世界に触れてみよう。

Text: Mikado Koyanagi

クリスト最後のプロジェクト

2020年5月、惜しくも他界した、パリのポンヌフ橋やベルリンのライヒスターク(国会議事堂)をはじめとする歴史的建造物などを「梱包」するアーティスト、クリスト。2009年に先に亡くなった妻のジャンヌ=クロードとともに、梱包芸術以外にも、茨城県とカリフォルニア州に数千本の巨大な傘を立てる「アンブレラ」など、スケールの大きな作品を様々な国で制作してきた。

そのクリストが最後に実現させたのは、何と「水面を歩く」というプロジェクトだった。それが「フローティング・ピアーズ」。2016年の初夏、北イタリアの風光明媚なイゼオ湖の水面に、幅16m、全長3kmに及ぶ、文字通り「浮く桟橋」が突如現れたのだ。

桟橋は、「水面を歩く」感覚が得られるように、ベースとなるのは22万個の高密度のポリエチレンキューブを水にただ浮かせたもので、それをクリストらしく黄色い布で覆うのだが、ドローイング段階で描かれていたように、布のたわみが美しいドレープ(ひだ)を作り出し、それが湖の周りの風景と絶妙なハーモニーを見せるのだ。

湖には大小の島があり、通常湖畔の町とはボートで行き来するのだが、この時ばかりは誰もが歩いて渡れるようになった。しかし、ほかのクリストの作品がそうであるように、桟橋はレガシーとして永久保存されることなく、2週間の展示期間に集まった約150万人の人たちだけが味わえる一夜の夢となった。

逝去した現代美術家のクリスト

確かに桟橋もクリストも今はこの世にないが、この作品がどんなものであったのか知ることのできる貴重な映像作品がある。それが『クリスト ウォーキング・オン・ウォーター』だ。監督のアンドレイ・M・パウノフは、足掛け3年にわたるこのプロジェクトに密着しカメラを回した。

ここには、桟橋自体の制作過程だけでなく、構想段階から、行政側との折衝、果ては制作費を得るためのコレクターへのドローイングの販売シーンのような生ぐさい現場など、まるでフレデリック・ワイズマンのドキュメンタリーのようにすべてが映し出されているのだ。

何かから解放されるかのように水面を自由に歩く人々の表情を見ているだけでも、この作品の真髄に触れることはできるのではないだろうか。