細馬宏通
「人生」を聴かせていただきました。夏目さんは学生時代、ブラジル音楽などを研究する早稲田大学ラテンアメリカ協会に所属されていたんですか?
夏目知幸
近い存在ですけど、僕はジャマイカンミュージックを研究する中南米研究会に所属していましたね。
細馬
ボサノヴァがお好きなのかと思い、ラテンアメリカ協会だと思い込んでいました。中南米研究会ではどんな活動をされていたんですか?
夏目
0年代、70年代のスカやロックステディ、レゲエのサウンドは、どんな楽器やアンプを使っていたのか。僕はアール・チナ・スミスというギタリストが大好きだったので、彼の演奏方法や使用機材、ピッキングの角度などを調べ、なるべく再現しようとしていました。
細馬
しかし、シャムキャッツ時代は、主にギターサウンドでしたよね?
夏目
地元の仲間と組んだバンドで、みんなの共通点がオルタナティブロックだったので、自然にそういう音楽性になったんです。ジャマイカの音楽は、ずっと一人でひっそりと楽しむものでした。
細馬
ボサノヴァの影響はどこから?
夏目
バンド解散後、時間ができたので、コードの理論書などを読み、改めて音楽の勉強をしようと思ったんです。また同じ時期は、どうしても音楽を作る気が起きなかった。そんな時、改訂版『うたのしくみ』を読み、ジョアン・ジルベルトのような声を張らない、ゆったりした音楽を作りたいと思ったんです。
細馬
では、ボサノヴァやブラジル音楽を聴き始めたのは、最近なんですか?
夏目
もちろん、聴いたことはありましたけど、しっかり聴き込んだのは、ここ2年くらい。細馬さんが『うたのしくみ』の中で、ジョアン・ジルベルトの「サンバがサンバであるからには」を独自に訳されていましたが、その歌詞の通りにコピーしたところ、本当にぴったりハマって、驚きました(笑)
細馬
ジョアンの声や歌い方を伝えたくて、日本語の音数を調節したんです。本当に歌う人がいたとは(笑)
ジルベルトから学んだ奏法。
相馬
「人生」ではガットギターを弾かれていますが、間奏がありませんよね?
夏目
それも細馬さんの『うたのしくみ』から影響を受けました。「サンバがサンバであるからには」に関する章に、ボサノヴァの歌には1番、2番という概念がなく、同じ歌詞を繰り返し歌うという記述がありましたよね。しかも「サンバがサンバで〜」では“3回同じことを歌っている”と書いてあって、自分のやりたい音楽に近いと感じました。それで曲に間奏を入れず、3番まで歌が続く音楽的な景色を思いついたんです。
相馬
確かに「人生」のギター演奏は、ジョアンの奏法と同じですね。ボサノヴァを教則本で勉強する人は、親指でベースを弾く時、「ド」と「ソ」の間を往復するけど、ジョアンの演奏から入った人は、「ド」を弾き続ける。
夏目
そうすることで、曲に推進力が生まれたと思います。本人の演奏が観られるのは、来日公演のBlu-rayだけだったので、よく観て研究しました。それからYouTubeでジョアンのファンが、ギター奏法を教えてくれるチャンネルがあって、参考にしましたね。
細馬
そんな教則動画があるんですね。僕も観てみようかな(笑)
心地よくもせわしない音楽。
細馬
実際にボサノヴァを演奏してみて、感想はいかがでしたか?
夏目
音楽としては、ゆったりした印象ですけど、演奏してみたらすごくせわしない音楽だと思いました。
相馬
同じフレーズの繰り返しに聞こえるけど、実は少しずつ変化しながら曲が進行する。奏法自体は基本的に4本の指でコードのフレーズを押さえるんだけど、ジョアンはそのうち1本の指だけいとも簡単にするすると動かし、涼しい顔して半音だけ下げやがったりして(笑)
夏目
演奏中にたまにしか手元を見ず、すごくリラックスした表情で、複雑な演奏をしていますね。完コピしようとすれば、1小節ごとに譜割りを覚えなければならない。いっそのこと、大幅にコードが変わる方がわかりやすいですね。
細馬
例えば、自分でギターを弾いている時、1フレット目から6フレット目など、離れたフレットへ移動する時など、行きすぎないか心配になるけど、ジョアンになると、次のフレットが離れていても、スッと移動する。何回も演奏していて、狙ったところに過不足なく指が動いていくんだろうな。
夏目
1950年代後半にサンバをギターで表現するため、1年間バスルームでギターを弾き続け、それが結果的にボサノヴァになったわけですから。後の活動も含めると、本当に長い間、演奏していたことになりますもんね。
細馬
ギターを弾くこと自体が、もう彼流の作曲、表現方法なんでしょうね。ジョアンの家族の回想によると、彼は新しいコードを見つけては小躍りして喜んでいたみたいなんですよね。
TWICEも「人生」に影響を⁉
細馬
「人生」はボサノヴァのように歌詞が循環しますが、言葉の使い方が興味深い。タイトルからしていいですね。
夏目
大喜利みたいなところがあって、現在の自分から一番遠い言葉を選ぼうと思ってつけました。同じ意味の「ライフ」も考えましたけど。
細馬
「人生」の方が圧倒的にいい。「ライフ」だと生活や生命の意味も入って、ちょっと膨らみすぎだけど、「人生」だと人の生がずばり言い当てられる。心地いい曲調との相性もあって、「じんせい」という音も、面白い響きになっている。
夏目
それは狙いました。
細馬
歌詞の最後、波の荒れた海に出て、「飲まれろ」で終わりますね。
夏目
今まで命令形の歌詞を書いたことがなくて。ロックバンドのサウンドなら、自分の好みで音楽ではなくなってしまうけど、曲調がボサノヴァなので、ついに意識して命令形を使ったんです。
細馬
受動態かつ命令形って、なかなか歌で使うことがない。強い言葉ですね。
夏目
『スパイダーマン』シリーズが大好きで、最近のマーベル作品に顕著ですが「時が来たら飛び込め! 話はそれからだ」というメッセージが多いように感じる。
英語なら「ダイブ」とかになると思うけど、日本語で考えた時「飲まれろ」という言葉が出てきたんです。考えすぎずに、ただ身を任せる感じというか。
細馬
その感じはよく出ていると思います。「心技体」というフレーズもいいですね。「心と体で君を愛する」とかよくあるけど、そこに「技」が入ってくるのは、ポップス史上でも珍しい。
夏目
バンドの後期、アジアへツアーへ行くことがあったんです。中国や台湾など、現地の音楽を聴いてみると、とにかく歌がうまい。僕ら世代の日本人は技術より、独創性の方に重きを置きがちですが、アジア各国では、まずうまくないと広く受け入れられないと感じたんです。
細馬
なるほど! それで心技体という。
夏目
そうです。そして、今まで僕を助けてくれた音楽へ恩返しがしたかったので、ダンスミュージックやラップ、そしてTWICE「Better」からの影響を取り入れました。
一般的な歌詞の発音で、ラ行の次にタ行が来ると発音しづらいので避ける傾向があるんですが、TWICEのサナはラ行を、タ行の雰囲気で攻略するというウルトラCをかましていて。ラップパートで早速引用してみました。
相馬
なるほど(笑)そんなことを考えていたんですか……。一聴すると柔らかい曲だけど、ジョアンとサナが引用されているとは。すごく面白いですね。家に帰って、また自分でも弾いてみます。
夏目
弾いてくれていたんですか!楽しんでいただければ、なによりです。