言葉や情報の正誤の境界を疑い、考えるために本を読む
本棚、温泉、ゲームに映画。毎号テーマが変わる『BRUTUS』を校正すること16年。日々の暮らしで目にする文字のほとんどが情報源になり得る校正者の本棚から出てきた3冊の本。
「『弱いつながり』ではチェルノブイリについてロシア語で検索したら、日本語では辿り着けなかった情報がどんどん出てきたというエピソードを興味深く読みました。検索によって辿り着く先には複数の現実があって、それは言語の話であると同時に検索エンジンが導く世界の話でもある。
その認識を前提に、校正する際の調べ物も、日本語、英語、特集や記事の内容によってはハングルなども使い、さらに書き手が原稿を書くときに下敷きにしたものについても考慮したうえで、疑問や指摘を出すようになりました」
『本文の生態学』を読んだのは2009年頃のこと。
「漱石はじめ作家たちの本文が、誤字と判断されたり表記が不統一だと変えられてしまったり、編集者や植字職人の判断などを経てどう変遷したかを追究した本です。『BRUTUS』は最終的な赤字を校正者が書き込むスタイルなので、我々が赤字を入れるとその通りに印刷される。
プロダクトとしての雑誌や本が生まれる過程で様々な干渉があり、まさに本文が生成していく。そのことに興味を持ちつつ、個人的に葛藤を抱えていた時期にこの本を読み、もっと原文を守る校正ができないかと考えるようになりました」
デスクに常備している『文字の骨組み』は、編集者や書き手に見せることもある実用の書だ。
「ワタナベさんの“ナベ”などが代表的ですが、いろいろある文字の形はどうやって生まれたのか、正しい字とは何か、正しさは何によって保証されるのか、ということを歴史的推移とともに読ませてくれます。
例えば日本美術の特集で“着”色と“著”色が出てきて迷ったとして、2つの漢字がそもそも区別されずに使われてきたという歴史を知れば、疑問出しの判断も変わってきますよね。校正や校閲は間違いを見つけるのが仕事だと捉えられがちですが、私は、どう間違えるか、どのような間違いをOKとするか判断するのが自分の役目だと思っています」