見知らぬ夜の海へと漕ぎ出す“小舟”のような詩集を
「そこで綴ったのは、祖母のことでした。幼い私に“コーヒーを初めて飲んだ時のことを覚えている人は幸せになれるのよ”と話しながら、最初の一杯を淹(い)れてくれたこと。彼女が亡くなった時、その遺骨が乾いたサンゴみたいで、ふと故郷の青森の海に連れていってあげたいと感じたこと。記憶を辿る中で、コーヒーと海のイメージが強く頭に残ったんです。
そこから、コーヒー片手に、見知らぬ夜の海に漕ぎ出していけるような、“小舟”のような詩集を作りたいなと、構想が膨らんでいきました」
収録されるのは書き下ろしを含む全31編。それらを束ねる題名の『珈琲夜船』は、“白河夜船”という慣用句に着想を得た。
「テーマへと深く潜る中で辿り着いたのがこの言葉。京都観光に行ったとうそぶいた男の逸話から派生して、自分の乗る夜船がどこを通ったかもわからないほどこんこんと眠り込むとの意を持っています。そんな深い眠りのさなか、一滴のカフェインが注がれることで夢と現実が裏返る。詩を通じて、そんな感覚をももたらせたらいいなと」
その言葉の通り、ページをめくっていくと、夢と現実、あるいは過去と現在を行き来したかのような不思議な読後感が訪れる。
「読む時の心模様によって、見える景色や辿り着く場所が変わるのが詩の醍醐味。ただ海に浮かんで、あてのない旅に身を委ねる気持ちで触れてもらえたら嬉しいです」