Day 11
2023.08.27 sun.
Nelchina - Tolsona
なにかおかしい。キャンプ場を出て30分ほど経って、嫌な感じがした。路肩に寄せて自転車を見ると、リアタイヤの空気が抜けている。パンクだ。アンカレッジから走り始めて、これでもう3回目。こんな頻繁にパンクするとは想定外だった。
さっき出発したばかりなのに……。30kgはあろう荷物を積んだり降ろしたりするのは、時間も労力もかかる。通常は1時間漕げば15kmほど進む。修理に30分かかれば7〜8km、手間取って1時間かかれば15km程度の遅れが出る。ロスタイムが積み重なると、進める距離がどんどん減っていく。
でも、今日は出発したばかりで、時間も体力もまだたっぷりあるし。と、悲観したくなる気持ちをグッと堪える。大自然を旅する以上、思い通りにいかないことはたびたび起こる。そんな局面で、ネガティブな感情はなんの役にも立たない。
![アラスカで自転車がパンク](https://media.brutus.jp/wp-content/uploads/2023/12/66D57E15-FA5B-481E-95F5-71DE78D27D70.jpg)
瞬時に気持ちを切り替えて、パンクの原因を探る。なにやら硬くて細長いものがタイヤに刺さっていた。植物の棘のようにも見えるけれど、人工物だろうか。
予備のチューブはもう使い果たしていた。パンク修理キットを使うしかない。それだとあくまでも応急処置にしかならないから、一刻も早くチューブを手に入れなくては。
お昼ごろ、一軒のグローサリーストアに着いた。店内に入って商品を見てまわる。ランタンやウォータータンクなど、アウトドアグッズが置かれた小さなコーナーがあった。さらに奥にはスノーモービル用品もある。これはもしかすると……と抱いた期待も虚しく、自転車用品は見当たらなかった。
こんな僻地に自転車で来る人などいないだろうから、当たり前だ。頭ではわかっていながらも、店内を何周もしてしまった。
![アラスカ グロサリーストアの人](https://media.brutus.jp/wp-content/uploads/2023/12/2CAE906E-3BE9-4927-B7A9-DDF45693B119.jpg)
今日、立ち寄れるお店はこの一軒のみ。必要な食料品と日用品を購入しようと、品物を持ってレジへ向かう。カウンターの向こう側にいた男性は脚が悪いようで、杖を片手にゆっくりと立ち上がって言った。
「目と耳が悪いから、金額を計算するのに少し時間をもらえるか」
もちろん構わないと伝えた。お会計を待つあいだ、なんとなしに店内を見まわす。左の商品棚に並んでいる3つのキャップに目が留まった。それぞれ「TRUMP 2020」「U.S. VETERAN」「JESUS IS MY BOSS」と刺繍されていた。
アラスカは共和党が強い州だ。1960年から2020年までの大統領選挙で、民主党の候補者が勝ったのはわずか1回。トランプ氏は、出馬した2回ともアラスカ州で勝利している。ここの店主も、トランプ支持者なのだろうか。
![トランプ政権のハット帽](https://media.brutus.jp/wp-content/uploads/2023/12/3E43F2B2-95D8-49AD-B0C0-369DE79969B1.jpg)
買い物を終え、店先に置かれたテーブルでお昼を食べた。お会計をしてくれた男性も出てきて、入口脇のベンチに腰掛けた。
「どこへ向かうんだ?この先はグレンナレンまでなにもないから、必要なら水を汲んでいくといい」
と、声をかけてくれた。ありがとう、と答えて、このあたりの出身なのか聞いてみた。すると、彼はアラスカに派遣された元軍人だという。退役してからは、ここでこのグローサリーストアを経営しながら暮らしている。
昼食を終えて、お店をあとにする。今日の目的地まであと50km。パンクしないで着けるよう、祈りながら走った。
![ノースフェイスのテント](https://media.brutus.jp/wp-content/uploads/2023/12/8D7629F4-2814-44B6-ABE1-2117BD901043.jpg)
なんとかキャンプ場へ到着し、チェックインをする。その際、受付の男性にひとつ相談をした。自転車のチューブを買えるお店が見つからないから、この場所宛てにAmazonで注文をしたかった。
それは構わないけれど、このあたりは番地が存在しないから、20km先にある最寄りの郵便局留めにするしかないと男性はいう。しかも、到着までに1週間はかかると言われた。
配送日程を調べると、このエリアへは最短で2日後に届くと書いてある。しかし、実際に注文をすると「遅延」をたびたび繰り返す。そして結局は1週間かかるというのだ。そして、彼は言った。
“You know what? This is Alaska.”
そうか、これがアラスカか。自分の準備不足と認識の甘さを悔やむしかなかった。