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BIKEPACKING DIARY in Alaska Vol.04:象牙ナイフ職人のスティーブ

ちょっといい自転車を手に入れてから、どっぷりと自転車にハマってしまった編集者が、北海道やニュージーランドへの一人旅を経て、次なる地へと旅立った。漕いで、撮って、書いて、を繰り返した42日間のバイクパッキング。これは、大自然アラスカの中でペダルを漕ぎ続けた冒険女子の記録である。

photo & text: Satomi Yamada

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Day 6
2023.08.22 tue.
Palmer - Chikaloon

「なんという偶然だ!」

小さな商店の軒先で休憩をしていたら、突然、背の高い年配の男性に声をかけられた。

「一昨日、ステートフェア(*1)の前にいただろう?車から君を見かけたんだ。クールな自転車で旅をしている人がいるって、妻と話したんだよ」

たしかに一昨日、その場所にいた。

「うちへランチをしにこないか?この近くなんだ。それを飲み終えたら遊びにおいで」

スティーブだと彼は名乗って自宅の住所を残し、買い物を済ませると車に乗って去っていった。

アラスカ 小さな商店の軒先
グレン・ハイウェイ沿いにある、グロサリーストア&カフェ「Sutton General Store & Jonesville Cafe」。

急な誘いに戸惑う気持ちもある。ヘンな事件に巻き込まれたらどうしようとも考えた。でも、怪しい人には思えなかった。勘繰ったところでなにもわからないし、疑ったってキリがない。こういうときは直感に従うのがいちばんだ。今日はまだ時間が早いし、行かない理由は見つからなかった。

お店を出て10分ほどいったところに、スティーブの家はあった。

アラスカ スティーブの家
スティーブの家があるのは、アンカレッジから北東100kmほどに位置するサットン=アルパイン。約1000人が暮らすエリア。

「よく来たね。さぁこっちに自転車を停めて。グリーンルームを案内しよう」

自宅はもう少し奥にあり、ここは仕事場と、趣味で植物を育てているグリーンルームがある建物。彼が一日のほとんどを過ごす場所だという。準備ができたら2階に上がるよう言われた。建物の壁に立てかけるようにして自転車を停め、念のため貴重品をショルダーバッグに入れて肩からかけた。木製の階段を上がり網戸状になった扉を開けると、ぎっしり植えられたトマトとカナビスに迎えられた。そして、もうひとり男性がやってきた。

「彼はデール。僕の友人だよ」

部屋の奥にいたスティーブがそう言い、「はじめまして」と挨拶を交わしてから、背の低いテーブルについた。目の前においしそうな食べ物が並ぶ。スティーブの奥さんが用意してくれたそうだ。食事といえばドライフードが中心になっていたから、温かい手料理を食べられる機会はとてもありがたい。

アラスカ 家庭料理
ランチにはコンビーフと野菜のスープ、チェダーチーズとハムとグリーンピースのサラダ、りんごとパンが並ぶ。

ランチをしながら旅や自分自身について、2人に聞かれるまま答えた。それからわたしも彼らにどんな生活をしているのか問いかけた。

スティーブは1978年にカリフォルニアから移住し、アラスカで暮らして45年になるという。職業は象牙を使ってナイフや斧を作る職人。クジラを捌くナイフや、猟師が使う刃物を扱っている。旅が好きで、かつては自転車で世界を旅したこともある。だから、いまどき珍しいクラシックなツーリングバイクに乗るわたしの姿を見かけて興味を持ったのだ。

デールは、1935年にアラスカへ移住した祖父を持つ。大恐慌に陥っていた当時のアメリカでは、フランクリン・D・ルーズベルト大統領が北部に暮らす農業に携わる人たちを、マタヌスカ・スシトナ渓谷(アラスカでも数少ない農業地帯)に移住させる政策をとった。デールは、その第一世代の子孫にあたる。いまは大工として生計を立てている。今日はこの建物の改修を手伝っているという。2人がいれば家でも自転車でも、なんでも作れるし直せると話していた。

アラスカ カラフルな椅子
ものへの愛着を感じさせる、手作り感あふれる家具や小物が随所に。

食事を終えると、下の階にあるスティーブの仕事場へ案内された。金属を溶かす機械、鉄を叩いて成型する機械、ハンマーやネジといった道具、象牙やマンモスの牙などの素材。わたしには用途のわからない大量のものたちが、きれいに整頓されて並んでいる。

彼の作るナイフはどんな人が買うのだろう。コレクション用なのかと思い、尋ねてみた。すると、蒐集家もいるけれど、基本的には実用品として猟師が使っているものだという答えだった。ネイティブの人たちにも重宝されているらしい。

「そろそろ仕事に戻らなくちゃならないけど、きみは好きに過ごしていってくれ。泊まっていってもいいし、またこの町を通るときに寄ってもいい。もう友だちなんだから、困ったときは連絡をしておいで」

ひと通り案内してもらったところで、スティーブはそう言って連絡先をくれた。もっともっと彼らのことを知りたい。あまりに想像のつかない暮らしぶりだった。聞きたいことが山ほどある。気持ちはとても揺らいだ。けれど、旅はまだ始まったばかり。ここで留まると、見られなくなってしまう景色が出てくる。いまは先へ進んだ方がよい気がする。時間に余裕があったら戻ってきたい。彼にその決断を伝えて、出発することを選んだ。建物の外に出ると、「気を付けてね」と2人で送り出してくれた。

アラスカのスティーブとデール
左:デール、右:スティーブ。手形をツノに見立てたムース(トナカイ)のTシャツプリントが愛らしい。

ものすごく心強かった。連絡先の書かれたメモは、わたしを遠くまで連れていってくれる魔法のチケットみたいだ。人との出会いが気持ちを前向きにしてくれる。旅の可能性を広げてくれる。

さらに東へ向けて、ペダルを漕ぎ進めた。

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