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BIKEPACKING DIARY in Alaska Vol.03:初めてのキャンプ

ちょっといい自転車を手に入れてから、どっぷりと自転車にハマってしまった編集者が、北海道やニュージーランドへの一人旅を経て、次なる地へと旅立った。漕いで、撮って、書いて、を繰り返した42日間のバイクパッキング。これは、大自然アラスカの中でペダルを漕ぎ続けた冒険女子の記録である。

photo & text: Satomi Yamada

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Day 3
2023.08.19 sat.
Anchorage - Eagle River

アラスカの旅に、クマ対策は欠かせない。アンカレッジに2日間ほど滞在して、情報収集と必要な道具の調達をした。必需品であるクマよけスプレーは、自転車店へ寄ったときに店員さんが譲ってくれた。高圧ガスで唐辛子エキスを噴射させ、クマを撃退する。危険物として飛行機に持ち込めないからと、少し前に帰国した旅行客が置いていったものだという。

わたしも、このスプレーを使わずに戻ってこられたら、自転車店に返しに行こう。旅を無事に終えた証として、お守りのような存在のクマよけスプレーを、次の旅人に受け継ぐことができたらいいなと思った。

熊よけスプレー
クマよけスプレーの種類は、威力(辛さの度合い)、噴射距離と噴射時間、持続効果などのちがいで分けられる。自分のアクティビティに合ったものを選ぶ。

それから数日分の食料と水を買い込み、いよいよ町を出発する。さらに重たくなった自転車は、グラグラと揺れながら進んでいく。慣れるまでゆっくりと慎重にペダルを漕いだ。

しばらくハイウェイ沿いを走っていると、あたりの景色が移り変わっていく。ずっと続く道の先に、青々とした山が連なって見えた。その風景は、渡米前に思い描いていたアラスカのイメージそのものだった。高揚感が湧き上がる。と同時に、どことなく落ち着かない気持ちも拭えずにいた。

クマとどこで鉢合わせてしまうか、まだよくつかめていないからだろうか。町を出ても車の通りがあれば、遭遇率はそう高くないはずだ。それでも植物が風で揺れる音がすると無意識に身構えてしまうし、黒い影が視界に入れば反射的に目で追ってしまう。

左右に生い茂る木々に気を取られて、目の前に広がる雄大な景色を楽しむ余裕がない。ずっとそんな調子だったから、あまり気持ちよく走れずにいた。

アンカレッジのハイウェイ沿いの道
アンカレッジからグレンナレンまでの約300kmは、アラスカ州で最も長い高速道路であるグレン・ハイウェイを進む。

30kmほど移動して、イーグル・リバー・キャンプグラウンドで1泊することにした。アラスカには120以上の州立公園があって、そのほとんどにキャンプサイトがある。

公園に着き、まずは園内をまわって空いているサイトを探す。泊まる場所を決めたら入口へ戻る。看板に書かれた指定の金額を、ポストの中に用意された封筒へ入れ、投函することで宿泊料を支払う。

選んだサイトへ再び移動し、自転車を停める。荷物をおろし、寝床を作る。テントは風上に立て、三角形を描くように、調理場と食料保管場所はそれぞれ100mほど離れた風下に設置する。

クマは嗅覚が鋭く好奇心が旺盛なので、なにか匂いがすると近寄ってきてしまうのだ。食べ物だけでなくシャンプーや歯磨き粉など、とにかく香りがするものはすべてテントから離れた場所に置くのも鉄則だ。とはいえ、区画の決められたサイト内では100mも距離が取れない。ほかの人はどうしているのだろう。

黄色いテント
各キャンプサイトには、ファイヤーピットとピクニックテーブルが備わっている。

拠点を作り終え、歩いて偵察に出かけてみる。園内にはアウトハウス(屋外トイレ)、井戸、ゴミ箱が設置されている。下水設備はない。8月は観光シーズン真っ只中で、ほとんどのサイトにキャンピングカーが停まっている。そうか、テントを張る人はほとんどいないのか。それに、外に出て飲み食いをしている人の様子も見当たらない。

夕食にはまだ早い時間帯のせいか、それとも飲食は車内でする方が一般的なのか。アラスカで旅をする基本的なルールは頭に入れてきたつもりだけど、実際に来てみないとわからないことってたくさんあるなと思った。

アラスカは、人間と自然の境界が曖昧なのだろう。自然との距離の取り方は、きっと人によって異なる。自分次第でどこまでも踏み込んでいける。だから基本ルールは存在しても、知識だけでは対処できない出来事に遭遇する。それが魅力でもあり、恐ろしさにもなりうる。

旅の輪郭をなんとなくつかんだところで、わたしを落ち着かない気持ちにさせているものの正体がわかってきた。まだ見ぬ世界への扉を見つけてしまったような気がした。

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