「自然の光が好きです」と、ガラス作家のピーター・アイビーさんは言う。「朝日が庭の池に反射して、キッチンに差し込むのが好き。障子を通した光にも美しさを感じます」。富山市の農村部にある倉庫付きの古民家を見つけたのは10年ほど前。無垢の梁柱や土壁が残る建物を改築しながら、家族とともに暮らしている。
改築はすべて自分の手で。古い屋根を壊して一段高く上げることで、高窓を作り自然光を取り入れた。室内に吹き抜けを設け、窓のない部屋にも光が入るようにした。「富山は曇りの日が多いのですが、そのやわらかい光が心地よい。朝には朝の、夕方には夕方の光があり、雨の日の光もまた違う。“移り変わる光”を感じる暮らしはとても落ち着くのです」
いっぽうで、夜の暗さにも心惹かれるとピーターさん。「天井付けの照明で部屋全体を明るくするよりも、必要な場所に必要な明るさの光を置いて、それ以外は暗いままのほうがいい。実はこの家に来て最初のころ、ほとんど照明が無かったんです。うす暗い部屋で過ごしながら、“本当に必要なのはどんな光だろう”とよく考えました。例えばキッチンのまな板の上にはある程度の明るさが必要だけれど、ダイニングテーブルなら、料理やワインと、それを一緒に楽しむ人の顔が見えればいい。そのうち暗い空間にも目が慣れてきて、“夜は暗さを楽しめばいいんだ”と気づきました」
豊かな暮らしの鍵は「D.Y.L」
ピーターさんといえば、銅の針金でカチッと蓋を留めるガラスのジャーで知られている。パスタやコーヒー豆を入れる容器として人気だが、「もともと商品として考えたのではなく、自分が自分の生活の中で使いたいものを作った」そうで、今もその姿勢は変わらない。「家は生活の場所であり、創造の場でもあるんです。私がよく言うのは“DIYじゃなくてDYL”。Designing Your Lifeですね」
「大事なのは考えることと使ってみること。世の中には良いものがたくさん売られています。でもちゃんと考えたら、自分にとっては足りないな、合わないなと感じることもあると思うんです。それをヒントにして、使い方を工夫したり手を加えたり、自分で作ってみたりする。それがDYLです」
そんなピーターさんにとって最も新しいDYLがガラスシェードのペンダントライト。いわく「電球の丸い形やフィラメントのデザインが好き、でも点灯するとまぶしくて見えないでしょう」。そこで考えたのが、吹きガラスのシェードの内側にハーフミラー(光を透過する鏡)を施すことだ。シェードは六角形と円錐形。鏡が周りの景色を映し込み、シェードの形もくっきりと際立って見える。
ところが点灯すると一転、丸い電球のシルエットやフィラメントの繊細な光が少しずつ浮かび上がるのだ。見慣れていたはずの電球とその光の美しさに気付かされる。「朝から昼へ、晴れから曇りへ。刻一刻と移り変わる陽の光を受けて、シェードの表情はゆるやかに変化します。暗くなって明かりを灯すとまた違った美しさを見せる」。なるほど、ピーターさんが好きな「移り変わる光」を感じる照明であり、「夜の暗さ」を楽しむ照明なのだ。
「変化する光、変化する表情を楽しむ照明」ができるまで
ピーターさんが作品づくりに用いているのは、約2000年前から続く手吹きガラスの技法。高温の炉で溶かしたガラスを竿の先に巻き取り、息を吹き込んで形づくる方法だ。これまでもガラスの照明は幾つか手がけてきたけれど、今回トライしたシェードはちょっと特別。「シェードの上部からも光が漏れる形がいいなあと思ったんです。昔のランタンのようなイメージですね」
六角形のシェードには鉄板の型を使う。ガラスを吹いたら柔らかいうちに型の上へシュッとかぶせ、形づくるのだ。「吹くときの広がりが足りないと型にはまらないし、広げすぎるとぼんやりしたフォルムになってしまいます」。さらに、「かなり難しいので、多分ウチにしかできないと思いますよ」と言うのが、ガラスを吹いた後、徐冷する前に底と口の両端を切り離す技術。
吹きガラスの場合、成形したものを徐冷炉でゆっくり冷ましてから、縁をカットするのが一般的。ところがピーターさんは両端とも冷ます前にカットして、その切り口を折り曲げる。二重にした縁の部分はするりとなめらかで心地よく、このやわらかな触り心地もピーターさんのガラスの特徴だ。さらに今回は、銅製のソケットやナットといったガラス以外のパーツも自作した。「本当に欲しいものを作ろうと思ったら、既存の製品ではやっぱりもの足りないんです」
完成したペンダントランプはもちろん、ピーターさんの自宅で日々使われている。キッチンカウンターの上に3つ、ダイニングテーブルの上に1つ。ダイニングでは電球が直接目に入らないよう、低い位置まで下げて使っている。
「だから照度は25Wや40Wくらいで充分です。おいしそうな料理とワインをきれいに照らしてくれるし、家族の顔もよく見える。周りが暗いから、照明のシルエットもシェードに浮かび上がる電球もいっそう美しく感じます。照明は明るさを楽しむだけのものじゃなく、夜の暗さを楽しむものでもあるんですね」
闇に浮かぶガラスの照明はとても美しい。でも朝になればまた違う景色をつくり、時間とともに表情を変えていくはずだ。そんなピーターさんの照明は、『BRUTUS』1000号の記念企画「あしたのベストバイマーケット」で販売中。いつもの暮らしに豊かな光と表情をもたらす照明を、ぜひ。