「お茶漬け用のお茶碗が欲しくて10年以上探していたのですが、理想にぴったり合う器がなくて」。そう話す漫画家のおかざき真里さんは、大の料理好きで器好き。人気連載『かしましめし』には、男女3人の人生模様と並走するように、おいしそうな料理や真似したくなるレシピがたくさん描かれている。
「具をたくさんのせるお茶漬けが好きなんです。焼き鮭をまるごとドーンとのせて、白菜の浅漬けと塩昆布に、香ばしいほうじ茶や麦茶をたっぷり……みたいな」
普段はやや大きめの飯茶碗を使っているのだが、「具をドーンとのせて」食べるには少々きゅうくつで、かといって、丼の大きさだと重くて片手で持ちにくい。一方で、「お店やネットで“お茶漬け茶碗”を探すと、指を掛けて持ちやすいよう高台が高いものが多いんです。でも、それだと収納するときに重ねづらい。私の理想は、安定感があって収納するときもきれいに重ねられる“高台が低めの茶碗”なんです」。
そんなおかざきさんが考えたお茶漬け茶碗のカタチがこちら。
「お茶漬けだけでなく、朝の卵かけごはんにも使えて、サラダやスープなどの洋モノにも似合う器だとうれしい。忙しい台所仕事の相棒になってくれる頼もしさが欲しいですね」
理想の茶碗を実現したのは、民藝の窯元〈出西窯〉の陶工です
さて、おかざきさんの理想を全部のせしたお茶漬け茶碗をカタチにしたのは、島根県出雲市の〈出西窯〉。1947(昭和22)年、地元の青年5名が立ち上げた工房だ。創業後は、民藝運動を推進した思想家の柳宗悦や陶芸家の河井寬次郎、バーナード・リーチらの指導を受けて誠実なものづくりを継続。今も素朴で美しく健やかな、生活道具としての焼きものを生み出している。
そんな〈出西窯〉がこれまで作ってきた既存商品の中には、飯茶碗も丼も鉢もあるけれど、今回めざす「お茶漬け茶碗」は、そのどれとも少しずつ違うつくり。例えば高台。「丼鉢の場合、通常はしっかりとした高台を付けていますが、今回は高台の内側を削るイメージで、低くても持ちやすく安定感のある形状を考えました」と話すのは、今回担当してくれた陶工の多々納英夫さん。陶歴32年のベテランだ。
また、お茶漬けは器に口を付けて食べることも多いため、フチの形や質感がとても重要。「唇が当たったときに心地いい形状や薄さを保ちながら、毎日の使用に耐えうる丈夫なつくりにしなくてはいけません」。そう話す多々納さんが試作を繰り返してたどり着いたのは、フチをできる限り薄く作りつつ、内側の釉薬をフチの際まで掛けて外側へ垂らす方法。フチの部分だけ釉薬を二重掛けすることで強度をもたせるのだ。
この段階で形や色の異なるサンプルを8種作ってもらい、使い勝手や料理映えを確かめるべく、おかざき家で試し使い。「形は家族の意見も聞いて、なだらかな鉢型を選びました。シュッとして持ちやすく、底が広すぎないので最後まで気持ちよく食べられるんです。外側の釉薬はツヤの出かたが控えめで品のいい“天草刷毛”。青い釉薬が自然に垂れたところの滲み方もとても素敵です」とおかざきさん。
おかざき真里×出西窯の「お茶漬け茶碗」完成。さっそく使ってみました
「出西窯さん、ありがとう!という感謝とうれしさでいっぱいです。どんな具をのせても受け止めてくれるこの大きさとおおらかさと懐深さ。定番の鮭茶漬けもいいし、お刺身を漬けにしたり炙ったりして薬味とわさびで食べる刺身茶漬けも似合う。卵黄とキムチを混ぜて、しらすと細海苔をたっぷりのせるキムチ茶漬けもよく映えます。ふつうの飯茶碗一杯分のご飯でも、この器に盛っていろんな具材をのせてお茶漬けにすれば大満足です」
さらに、いろいろな料理を盛ってみて気づいたのが、「ひとり暮らしを始める男子にちょうどいいんじゃないか」ということ。「1人分のレトルトカレーがちょうど入るサイズだし、牛丼もカツ丼も似合う。温かいうどんや具だくさんの味噌汁もいいですよね」。
「どんな料理を盛っても温かみがあって、おいしそうに見える。4つ5つ重ねても食器棚の中できれいにおさまります。毎日使って長くつきあえそうだな、と今から確信しています」