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指揮者の仕事とその醍醐味。ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝した2人が対談

指揮者は楽譜を読み込んで解釈し、オーケストラ全体をまとめ上げるリーダー。2009年と19年にそれぞれブザンソン国際指揮者コンクールで優勝したベルリン在住の指揮者、山田和樹さんと沖澤のどかさんに、指揮者の仕事とその醍醐味について聞いた。

Photo: Rie Yamada / Text: Masato Nakamura / Coordination: Yumiko Urae

棒を振っているだけに見えて、指揮者によって演奏に大きな違いが生まれる。

山田和樹

昨年のブザンソン国際指揮者コンクール(1)の優勝、おめでとう。

沖澤のどか

ありがとうございます。ブザンソンに出場するのは2回目でしたが、それまでいろいろなコンクールを受けて落ちていたので、力んだりせず臨めました。最後の本選では、「もうこれで終わるんだ」という解放感もありました。

そもそも山田さんはなぜ指揮者になろうと?

山田

僕は高校生の時、吹奏楽部の指揮者をしたのがきっかけですが、音楽家になろうと思ったのが遅く、東京藝術大学の受験を決めたのは入試まで1年を切った時でした。準備のため、高校3年の5月に初めて松尾葉子(2)先生の門を叩きました。

沖澤

私はチェロとオーボエをやっていて、高校2年の冬に音大に行きたいと思い始めました。最初はオーボエで受験することも考えたのですが、楽器を買ってほしいと親に言いづらく、指揮棒だったら自分で買えるなと(笑)。

松尾先生には私も藝大で師事しましたが、音のイメージにこだわりがある方でしたね。

山田

そう。だから僕がブザンソンのコンクールを受けた時に心がけたのは、オケの音が変わるまでリハーサルをしようということ。自分の思いを伝えて4回でも5回でも一つの箇所をリハーサルしました。先生の教えが生きたのかなと思います。

指揮者 山田和樹 国際指揮者コンクール
踊るように指揮する山田さん。ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝したのは、東洋人指揮者のパイオニア、小澤征爾さんが同コンクールで優勝してからちょうど50年後のこと。

大舞台で成功するため、「自分の呼吸を持つ」こと。

沖澤

私は日本の大学院に入る前に休学して、オーケストラ・アンサンブル金沢で指揮研究員をしていました。山田さんに初めてお会いしたのはその頃です。私は指揮をする機会が全然なくて、山田さんに愚痴ったんです。

すると次の日のリハーサルで山田さんが「全体のバランスを聴きたいので、沖澤さん指揮してください」と言ってくださった。

山田

いやいや、正確に言うと、周りが沖澤さんを評価されていて、「すごく勉強熱心なのに指揮する機会がないから」と。それで振ってもらおうということになった。

沖澤

その時振ったのは、プロコフィエフの「古典交響曲」です。ところが、山田さんが指揮した時と私が振った時とでは、明らかに音のクオリティが違った。悔しくて、その後コンサートマスターに「私は山田さんと何が違うのでしょう」と聞きに行ったんです。

すると、ひと言「流れだよ」と。私はその後、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学に入学したんですが、それこそ「流れ」を徹底的に学びました。つまり、単に点で振るのではなく、音楽の大きな流れや方向性を示すということです。あの時の経験は転機になりましたね。

山田

でも、ああいう突然の場面では、気後れする人もいるんですが、そうならないのも才能だと思う。沖澤さんは当時からマイペースな印象が変わらずあります。これは簡単なようですごく難しい。

佐渡裕さんがおっしゃっていたのですが、「海外で活躍できる人は何が違うか、それは自分の呼吸を持っている人」と。周りからの影響を受けずにマイペースでやれることは、コンクールで優勝したり、大舞台での演奏会を成功させたりする力になるんですよね。

沖澤

山田さんのリハーサルを見ると、強いリーダーシップでオケを引っ張っていくというよりは、何かわからないけど、気づいたら乗せられている感じがします。実際は山田さんが意図していたのに、オケのメンバーが「最初からこうやりたかった」と思わせるような雰囲気にさせる不思議な魅力があると思いますね。

山田

僕の師匠の一人、小林研一郎(3)先生はとても個性があって、熱量がすごい。僕は小林先生の指揮にそっくりの時代が長くて、先生がそうやって強引に巻き込んでいるように見えていたんですが、そんな時日本のあるコンサートマスターに言われました。

「小澤征爾さんでも小林さんでも、巻き込んでいるようでオケとの間に距離がある。君の場合は距離が近すぎる」と。そこで発想が180度変わりましたね。距離というのは、「どんなに情熱があっても押し付けない」ということです。

沖澤

「弾きなさい」じゃなくて、彼らが弾きたいように弾いている状態になるというか。

山田

そう。「Shall we?」や「Let’s」で行くべきところが、近すぎると「You must」に見えてしまうのではないかな。
その方には「君は何もしないで、そこにいるだけでいい。もっと自分を信じなさい」と言われた。これは褒めてくださっているんだと解して、実際何もしなくなったらうまくいきました。コンクールで優勝した後のことですが、そのアドバイスにはいまだに感謝しています。

指揮者 沖澤のどか
のびやかな表情で指揮する沖澤のどかさん。指揮者の仕事はコミュニケーションが命。アプリやオペラの台本を活用しながらドイツ語やイタリア語の勉強も欠かさないという。

世界の憧れの指揮者たち。
理想は、透明人間?

沖澤

共通の師匠の松尾葉子先生には、香りとか色彩感を出すことにこだわるように教わりましたよね。

山田

音楽家の中にも、そういうことを感じられる人と感じられない人がいます。松尾先生はそういう視点で音楽を感じる方。一方で例えば、クリスティアン・ティーレマン(4)は素晴らしい指揮者だし、僕は大好きだけど、色や香りで音楽を作るような人ではない。おしゃれで洒落っ気がある人ってラテン系の指揮者に多いじゃないですか。

僕はラテン系タイプの方が好きですが、逆にティーレマンのように、昔ながらの骨太の音楽作りをしている人に憧れたりもします。彼が指揮台に立つだけで、オーケストラのサウンドに太い芯が入るのです。

沖澤

私は、ジョルジュ・プレートル(5)というフランス人の指揮者が大好きです。彼が振ったマスカーニ(6)のオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』のDVDは必見です。最近亡くなったマリス・ヤンソンス(7)とか、クラウディオ・アバドとルツェルン祝祭管弦楽団といった人間味がにじみ出てくる音楽にも憧れます。

同じように振ったからといって同じ音は出ないですし、彼らとオーケストラとの関係性というのも大きいと思いますが。

山田

でも、残された映像や録音からエッセンスを得ることはできますね。僕は指揮が一番美しいのはズービン・メータ(8)だと思います。とても流麗で自然なのです。棒の先まで自分の息が通っているから、オケは演奏しやすいと思います。それこそ強制しないのですね。何も特殊なことはしない。

単純に言うと図形を描いているだけなのですが、それでも素晴らしいのは、オケの掌握能力が異様に高いからでしょうね。でも、彼の若い頃の映像を観ると今のようにはできておらず、長い年月をかけて自分のスタイルが作られていく。その何十年もかかるプロセスに自分もいられること自体が幸せです。

沖澤

あと、私がすごく影響を受けたCDがあります。ちょうど指揮者になりたいと思い始めた時、藝大の入試の課題曲にロッシーニのオペラ『セビリアの理髪師』序曲があったんです。その曲の聴き比べをした中で、ずば抜けていい演奏だと思ったのが、ニューヨークのオルフェウス室内管弦楽団の録音でした。

実は指揮者がいないオーケストラなんです。私は全然知らなくて、「こういう演奏ができる指揮者になりたい」と思って調べたら指揮者なしだった(笑)。

指揮者という職業自体に疑問を持つきっかけにもなった忘れられない一枚です。そういうのを目の当たりにしたこともあり、指揮者という役割について「驕る」という発想は完全になくなりました。必ずしも必要な存在ではないんだなと。

山田

理想の指揮者は透明人間ということですね(笑)。僕が愛聴している録音は、フェレンツ・フリッチャイ(9)指揮、ベルリン放送交響楽団によるチャイコフスキーの「悲愴」です。とてもドラマティックで、こんなに感情の起伏が演奏にそのまま出るのかという……。今はこういう演奏は稀ですからね。

指揮者 山田和樹と沖澤のどかの指揮棒
(上)山田和樹さんと(下)沖澤のどかさんがそれぞれ愛用している指揮棒。

沖澤

今後は、まだイタリアのオケを振ったことがないのでいつか実現したいです。去年リッカルド・ムーティ(10)のオペラ・アカデミーを受けて、その後彼のイタリアでの講習会も見に行ったのですが、オケの音も街の空気も独特で、いい意味でグローバル化を免れているなと思いました。

あと、言葉をもっと深く理解して、いつかドイツでドイツオペラを指揮するのも大きな目標です。次のシーズンからキリル・ペトレンコのアシスタントを務めることになったので、新たなスタートになるのではと期待しています。

山田

僕は、世界トップのオケを指揮してみたいという欲もありますが、今関わっているオケをずっと指揮していくというのもまた難しいことなのです。音楽監督をやると、退任後も関係が続くパターンと全く関係がなくなってしまうパターンに分かれる。

僕の場合、モンテカルロやバーミンガムなど関係が深いオケがいくつかあります。もちろんお互い良い時も悪い時もあるでしょうが、それでも長い時間を一緒に過ごしていくというのは夢ですね。

(1):若手指揮者の登竜門として知られるフランスの国際コンクール。過去に小澤征爾や佐渡裕が優勝。
(2):セントラル愛知交響楽団特別客演指揮者。1982年、ブザンソン国際指揮者コンクールで女性として史上初優勝した。
(3):ハンガリー国立交響楽団(現・ハンガリー国立フィル)音楽総監督などを歴任した指揮者。「コバケン」の愛称で親しまれる。
(4):シュターツカペレ・ドレスデン首席指揮者。ワーグナーなどドイツもののレパートリーが得意。
(5):香気あふれる指揮ぶりにより、コンサートとオペラ両方の分野で活躍したフランスの指揮者。
(6):イタリアの作曲家。シチリアの人々の悲劇を描いたオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』が代表作。
(7):ラトビアの指揮者。バイエルン放送交響楽団をはじめ、名門オケのシェフを歴任した。
(8):インド出身の指揮者。ウィーン・フィルとの関係が深く、ニューイヤーコンサートにもたびたび招かれている。
(9):ハンガリー出身の指揮者。白血病と闘い続け、1963年に48歳の若さで亡くなった。
(10):シカゴ交響楽団音楽監督を務めるイタリアの指揮者。現代を代表する巨匠の一人。