市場界隈の活気と忙しさ、その名残を感じるのはカウンターで串おでんの〈ふくや食堂〉。数十秒歩いた先には2019年、日本酒とナチュラルワインの酒屋&角打ち〈ベップ サケ スタンド 巡(じゅん)〉ができた。
そもそも別府にナチュラルワイン文化を持ち込んだのは、日本最古の木造アーケード・竹瓦小路にある〈ピュア ワインバー アンフェ〉。影響を受けた一人が、石畳の梅園通りに〈南インド会社〉を開店している。
ワインバーなのに、インドって。だがこの街に、インドとか韓国とか、焼肉といったアジアのムードはやけに馴染むし、料理店も多い。老舗では〈焼肉 一力(いちりき)〉が家族経営で3代。新しくは〈タネ〉が2018年、南インドのミールスを掲げて開店した。
信じられるだろうか、これらがすべて徒歩圏内であることを。路地が巡らされた街のあっちへこっちへと吸い込まれ、食べて飲んでまた迷う、別府はおいしいラビリンスである。
しかもこの小さなエリアで、店の新旧、料理の国籍はさまざまだ。
多様がスタンダードであることは、2000年に立命館アジア太平洋大学(APU)が開学し、多くの留学生や教授陣が住民になって拍車がかかった。それはスーパーでハラルフードが買えるくらいの、である。
けれどさらに遡れば、港町・別府にやってくる人は、昔からみんなよそ者だった。それぞれに違うルーツを持つ人々は、新しい人を当たり前に受け入れる。そのピースフルな感覚は、温泉に行ってみればわかる。
コンビニより多い“ジモ泉”でみんなで湯を分かち合う
別府の温泉は、特別なものじゃない。日常の街の中に、コンビニエンスストアより遥かにたくさん点在しているのである。
家から寝間着でも行ける地元の共同温泉、通称「ジモ泉」は、市営や地区ごとの区営、私営合わせて150施設以上。どこも100〜300円で入れるため、別府の人たちは家のお風呂に入らない、と口を揃える。
もちろん観光客もどうぞ、どうぞ。温泉という土地の恩恵は、誰のものでもない。みんなで気持ちよく「湯を分かち合う」のが別府の温泉だ。
ただし私たちが想像する銭湯とは、ちょっと勝手が違うので心構えを。小さなジモ泉では、男湯・女湯の暖簾(のれん)をくぐるといきなりお風呂の最短距離。基本、シャワーなし。そっけない浴槽が一つあるか、または「あつ湯/ぬる湯」に分かれている。
贅沢なことに源泉から直接引くところが多い半面、初心者にはぬる湯でも熱々、あつ湯は黒帯クラス。決してのんびり〜な温泉じゃない。
それでもだ。熱い湯にキュッと浸かってサッと出た湯上がりの爽快感。スカッとした体に流し込む酒は旨い、旨い。実力以上に飲んで食べてしまっても、翌朝のジモ泉で再スカッとすれば帳消しにできるはず。
というわけで、朝6時半から開いているジモ泉へ行った。誰かが入ると「おはようございます」の挨拶が自然に飛び交い、おばあさんが「こっちの湯は熱いで。そっちがぬるや」と教えてくれる。
湯に浸かるよりずっと長い時間、いつまでも体をゴシゴシ洗いながら、高い天井に響くのは最近かけたパーマの話、今日行く青空マーケットの話、お父さんの禁煙が続かない話。
別府というサンセバスチャンで、ジモ泉もまたバルだったのだ。来れば知った顔がいて、昨日と似て非なるおしゃべりを交わす。明日別府を去る旅人と、人生のひとときを一緒に笑い合う。みんなすっぽんぽんの、なんておおらかなバルなんだ。