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美術家・毛利悠子、図書館のススメ「過去の知の集積こそ、前に進むための近道」

知への欲求は、 本で網羅し、深掘りしてこそ満たされる。

Photo: Masanori Kaneshita / Text: Emi Fukushima

インターネットにあるものも、ないものも
いろんな知が詰まっている

私にとって図書館は、創作活動を支えてくれる「シンクタンク」のような存在です。ヨーロッパの舞台芸術には、創作で必要になる調査・研究などを担う「ドラマトゥルク」という役職があって、表現者は彼らとチームで作品を練りますが、私の携わる現代美術は基本的に個人活動。一人で考え、形にする過程では行き詰まることも多く、様々なインスピレーションをくれる図書館は、何かのきっかけを得たい時に利用します。

近所の図書館で気の向くままに館内を回ることもあれば、気になるワードで利用可能な施設の蔵書を検索し、関連する本を一気に取り寄せることもあります。もちろんインターネットは便利ですが、得られる情報はどうしても断片的で“点”になりがち。編んで集める、という言葉の通り、編集者の思考や世界観で作られる「本」ほど厚みのある情報はなかなかないですし、図書館なら絶版本や稀少本も網羅できます。

例えば制作のためにある国を初めて訪れる際は、下準備として定番ガイド本や現地の歴史・アートにまつわる本を20〜30冊揃えて一通り目を通しますし、日常的にふと気になった疑問を深掘りしたり、確かめたりする時もまず頼るのは図書館。

昨年、ベルリン・フィルが無料公開したアーカイブ映像でリゲティ作曲のオペラ『アバンチュール』を観たのですが、途中でパーカッション奏者が食器をガシャガシャひっくり返す音や、紙袋を膨らませて割る音を鳴らすんです。どんな楽譜に則っているか気になり、楽譜の蔵書がある東京藝大附属図書館で取り寄せて読んでみると、すべての音が緻密かつ正確に指示されていて。コロナ禍での展覧会で、自分が現場に行けずとも作品に即興的な要素を盛り込むヒントをもらえました。視点の転換や新しい発想は、過去の知の瓦礫の上にこそ生まれるもの。その集積である図書館を活用するのは、前に進むための近道だとも思います。

大人になるにつれ何かを教わる場面は減りますが、その分、自分で立てた問いに向き合い、少しずつ理解が深まる過程は楽しいものです。それに図書館は、カッコつけずに滞在できるのも好き(笑)。肩肘を張らずに興味を追求できる場所が、私には欠かせないんです。