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ベートーヴェンって、何がそんなにスゴいの? 〜後編〜

苦労を重ねながらも自立した媚びない芸術家として活躍したのがベートーヴェン。死後は”芸術家も理想像”となった。2020年は生誕250周年の記念すべき年。同じ作曲家の目線だから気づくスゴさについて、作曲家の阿部海太郎さんに聞いた。「ベートーヴェンって、何がそんなにスゴいの?〜前編〜」も読む

Illustration: Kanta Yokoyama / Text: Takayuki Komuro / Edit: Chisa Nishinoiri

ここがスゴいよベートーヴェン!

交響曲で更新されていく
未知の世界!

「ちょっと渋いのですが、交響曲第4番の始まり方がスゴいです。想像するに、当時の聴衆がこの音楽を初めて聴いた時、“この音楽はどこに行ってしまうんだろう⁉”と感じたんじゃないかな。演奏家と聴衆が一緒に、まったく知らない世界に入っていくかのような印象を受けるんです。そして、ベートーヴェンも自分自身を裏切っているかのよう! それ以前の交響曲と比べていくと、彼自身の音楽観を更新していくやり方が実に鮮やか」

室内楽で繊細な演奏を生み出すために。

何年か前、僕が弦楽四重奏曲を書いた時に、チェロのパートで開放弦(左手で弦を押さえることなく、そのまま弾くこと)で長く伸ばす音符をpで書いたんです。そうすると、チェリストは表現のためにできることが普段より少なくなるわけです。でもその分、神経を使って演奏しようとする。こうした考え方はベートーヴェンに学びました。実際、彼のチェロソナタ第4番で、チェロが似たようなことをさせられている部分があります」

ベートーヴェンの音楽は、今も最前線!

「美術においては画家が描いた絵画を直接見ることができますが、音楽の場合は作曲家が書いた楽譜自体からは音が出ません。常に誰かが“今”演奏しなくてはいけないんです。そこまで含めて作品とするなら、クラシック音楽は常にコンテンポラリーといえます。反対に演奏されなくなっていく音楽は過去の作品と見なされてしまう。クラシックの中でもとりわけ演奏される機会の多いベートーヴェンは常に最前線にいるといえますね」

ベートーヴェン クラシック ブルータス

ベートーヴェンの代表曲いろいろ。

オペラ&声楽曲
オペラは1600年前後にイタリアで生まれ、後に各国へ広まった。ベートーヴェンのオペラは歌と歌の間を芝居で繋ぐジングシュピールという形式をとる。宗教音楽としてはミサ曲を2つ書いているが、「第九」と双子の関係にある「荘厳ミサ曲」が重要な作品。
●オペラ『フィデリオ』作品72(1814年)
●荘厳ミサ曲ニ長調 作品123(1823年)
●連作歌曲「遥かな恋人に寄せて」作品98(1816年)

協奏曲
現在の協奏曲は、正確には「独奏協奏曲」と呼ばれ、ソリスト(独奏者)とオーケストラが対話しながら演奏していく演奏形態。19世紀半ばからは、超絶技巧を押し出した派手な曲目が主流となっていく。「カデンツァ」と呼ばれる独奏者のみによる演奏も聴きどころ。
●ピアノ協奏曲第4番ト長調 作品58(1806年)
●バイオリン協奏曲ニ長調 作品61(1806年)
●ピアノ協奏曲第5番変ホ長調 作品73(1809年)

交響曲
もとはオペラにおける歌のない部分を「シンフォニア」と呼んだことに由来し、それが独立して拡大。イタリアからドイツに輸入され、全4楽章形式に標準化。ベートーヴェンにより作曲家が心血を注ぐジャンルへと深化。なお「交響曲」と邦訳したのは森鴎外。
●交響曲第3番変ホ長調「英雄」 作品55(1804年)
●交響曲第5番ハ短調「運命」 作品67(1807年)
●交響曲第9番ニ短調「合唱付き」 作品125(1824年)

弦楽四重奏曲
2つのバイオリン、ビオラ、チェロによる合奏形態。18世紀後半に登場し、ハイドンが基本形を確立した。ベートーヴェンも生涯にわたって作曲しているが、特に亡くなる前の数年に集中的に書いた傑作群は、ベートーヴェンの到達点として別格の扱いを受けている。
●弦楽四重奏曲第7番ヘ長調「ラズモフスキー」 作品59-1(1806年)
●弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調 作品131(1826年)

バイオリンソナタ
現在では、バイオリンソナタと呼ばれることが一般的だが、本来のタイトルは「バイオリンが必須のピアノのためのソナタ」もしくは「バイオリンとピアノのためのソナタ」、つまり2つの楽器の関係は対等。ベートーヴェンの曲は、その関係を協調した作品が多い。
●バイオリンソナタ第5番ヘ長調「春」 作品24(1801年)
●バイオリンソナタ第9番イ長調「クロイツェル」 作品47(1803年)

ピアノソナタ
本来、ソナタとは単に「器楽曲」という意味。18世紀後半のドイツで急―緩―急の3楽章構成が確立され、交響曲のような4楽章のソナタも多く書かれた。第1楽章で使われた構造は、後にソナタ形式と呼ばれ、クラシックを作曲する際の中心原理になっていった。
●ピアノソナタ第8番ハ短調「悲愴」 作品13(1799年)
●ピアノソナタ第23番ヘ短調「熱情」 作品57(1805年)
●ピアノソナタ第31番変イ長調 作品110(1821年)