抽象絵画の先駆者アフ・クリントは、見えないものをどう描いたのか。脇田あすかさんと、その秘密に迫る

現在では抽象画の先駆者とまでいわれるようになった、スウェーデンの女性画家ヒルマ・アフ・クリント。待望のアジア初の展覧会が開催されている今、秘教思想やスピリチュアリズムに傾倒し、そこから独自の抽象画の境地に達したアフ・クリントは、「見えない世界」をどう表象しようとしたのか。



photo: Jun Nakagawa / text: Mikado Koyanagi

現在、東京国立近代美術館で開催中の『ヒルマ・アフ・クリント展』。アート好きの間では、今年の目玉の一つとして注目されていたが、一般的にその名を知る者はそう多くはなかっただろう。

それもそのはず、アフ・クリントは、19世紀後半から20世紀前半にかけて活動したスウェーデンの女性画家だが、注目されるようになったのはごく最近のことなのだ。それも、ワシリー・カンディンスキーやピエト・モンドリアンよりも先に抽象画を手がけていたという、「抽象絵画の先駆者」として俄然注目されるようになった。

その結果、世界の名だたる美術館で展覧会が開催され、あのNYのグッゲンハイム美術館では、観覧者が60万人を超える記録となったほど。

その待望のアジア初の展覧会が開催されている今、秘教思想やスピリチュアリズムに傾倒し、そこから独自の抽象画の境地に達したアフ・クリントが、「見えない世界」をどう表象しようとしたか、グラフィックデザイナーの脇田あすかさんに展示を見てもらい、その秘密の一端に迫ってみた。

抽象画は、線や形、色から構成されたものという意味では、グラフィックデザインと相通じるところがあるし、それぞれ影響し合ってきた歴史もあるが、脇田さんはアフ・クリントの作品をどう見たのか。

「以前は色とか線の遊びというか、構成的な絵画のような印象があったんですけど、そうではなくて精神的な世界が、一つ一つの色やモチーフに落とし込まれているのが面白かったです。文字や、文字らしきものも入ってはいますけど意匠としてではなくて、そこに込められた意味の方を大切にしているというか。色もそうですね。青が女性性、黄色が男性性を表しているように。色合わせの感覚的な気持ち良さみたいなことだけで描いたら、絶対こうはならないと思うんです」

アフ・クリントは、初めこそ具象画を描いていたが、19世紀後半に流行した交霊会に参加することにより霊的な存在から啓示を受け、そのメッセージを自動筆記することなどによって、抽象的な視覚言語を獲得していくようになる。とはいえ、そのイメージは、本当にどこかから「降りてくる」ものだったのだろうか。

「学生の時に谷川俊太郎さんにお会いする機会があったんですけど、その時に詩ってどのように生まれてくるんですかとお聞きすると、“よく降りてくるという言い方をするけど違うんだよ。根を張って、そこから吸い上げてくるように出てくるものなんだ”とおっしゃっていてとても腑に落ちたんです。ヒルマさんは研究熱心だし、後年の植物をダイヤグラム的に表現したものとか分析好きですよね。意識的ではなかったにしても、そうしたところからモチーフが出てきたのではないかなと」

アフ・クリントは、後年、自分の作品を後世に残すべく、作品や資料の整理に没頭する。だからこそ、現在その全貌を知ることができるのだが、その編集者、アーキビスト的な視点も注目に値する。

「作りっぱなしにしないということ。アーティストブックも作っていますし。自分の作品が、世の中にすぐには理解してもらえないと思っていたとのことで、だからこそ、自分が亡くなった後でも理解してもらえるように、作品を残していこうとする熱意というか覚悟。私がヒルマさんの立場だったら途中で諦めてしまうかもしれない。自分の作品を信じて疑わないという姿勢に心から尊敬の念を感じます」

ヒルマ・アフ・クリントの作品を鑑賞する脇田あすか
人生の4つの段階を10枚の絵で表現した《10の最大物》の部屋にて。「印刷物では見ていたんですけど、実物は想像以上に大きくて迫力に圧倒されました。円環状の展示構成も素晴らしかったです」