“普通に”演じる、そこにリアルな人間が宿る
浅野忠信さんが『座頭市』に出会ったのは、16歳の頃。勝新太郎主演で26作続いた、シリーズの最後の作品だった。浅野さんはその前年にテレビドラマ『3年B組金八先生 第3シリーズ』で俳優デビューしていたが、「映画の世界にはまるで興味がなかった」と当時を振り返る。
「高校生でまだ子供だったから『バック・トゥ・ザ・フューチャー』ばかり繰り返し観ていた(笑)。だから、兄か父に勧められて足を運んだ映画館で勝さんの芝居に触れた時は、ただただ“すげぇ”という言葉しか出てきませんでした。とにかくカッコよくて、圧倒されたんです」
浅野さんは、2003年に北野武によってリメイクされた『座頭市』に2番手の役柄である凄腕の浪人として出演している。それまでに何度も勝新太郎の芝居を観返し、すごさの所以(ゆえん)を研究してきた。
「勝さんの座頭市を観ると、いかなる瞬間も無駄がなく、一辺倒なキャラクターではないことに感動します。殺陣(たて)ではものすごく強くてヒロイックなのに、すっとぼけたコミカルな部分もあるし、かと思えば色気すら感じさせて。この人が日本のどこかに本当にいるんじゃないかとすら思えてくる。俳優の中には、同じトーンで一つの作品を演じ切ってしまう人も多い。
でも終盤に大きな事件が起きるとして、一つ一つのシーンでの芝居をそこに直結させて演じないことが大事だと思うんです。台本に書かれたセリフを“普通に”受け取る。時代劇であってもそうで、いわゆる武将っぽいしゃべり方はしない。現代の自分や友達が日常で発するならどんなトーンになるかを考えてアプローチするのが面白いんです」

いつか集大成として一つの役を突き詰めたい
浅野さんの言う「普通に演じるリアリティ」を最も実践できたのは、盗聴マニアの青年に扮した1996年の『[Focus]』だったという。全編で長回しが多用されている映画だ。
「監督がほぼすべてのカットを一発OKで進めてくださった、勢いのある作品です。普通に演じるというのは、素の自分でいるのとも違う。盗聴マニアの青年という役は作ったうえで、現場では普通にセリフを発してみる。自分なりに勝さんの芝居を追い求めているのかもしれません」
浅野には、勝新太郎に憧れるところがもう一つある。
「『座頭市』のように、一つの役をずっと演じ続けることを僕もしたいんですよね。もう50代だし、集大成みたいな役があればそれだけでいい。その役のことだけを考えて、可能性を追い求めていけたら本望です」
勝 新太郎の一本

按摩・座頭市が諸国を旅しながら悪人と対峙する人気シリーズの26作目。漁村を仕切る五右衛門一家との戦いを描く。勝新太郎は主演のみならず、監督・製作・脚本を兼任(製作と脚本は共同)。Prime Video『時代劇専門チャンネルNET』で配信中。©ティーエムプロダクション