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浅井リョウの新作『イン・ザ・メガチャーチ』が完成。オタクとファンダムと小説の力を社会学者・田中東子と語り合う

『イン・ザ・メガチャーチ』の副読本!と朝井リョウさんが太鼓判を押す『オタク文化とフェミニズム』。その著者である社会学者の田中東子さんとの対談が実現した。

photo: Takako Iimoto / text: Hikari Torisawa

朝井リョウと田中東子が語り合う、オタクとファンダムと小説の力

朝井リョウと田中東子のポートレート
(左)朝井リョウ、(右)田中東子

田中東子

2人の「すみちゃん」が真逆の地点から出発して交差する巧みな構成に大興奮!朝井さんご自身は何のファンなんだろうと思いながら一気読みしました。

朝井リョウ

私は『ASAYAN』という番組を観て以来〈ハロー!プロジェクト〉のファンなのですが、「推し活」、つまりファンとしての活動は少ないタイプなんです。楽曲とライブで十分満足できる受動的なファンなので、聖地巡礼やSNSでの布教など、能動的なファン活動に熱心な友人たちへの憧憬がずっとありました。

田中

朝井さんと私、表現方法は違うんですけれど、扱いたいテーマがかなり近いところにあるということに驚いたんです。

朝井

ご著書『オタク文化とフェミニズム』では「オタク活動やファン文化が社会との大切なつながりである、と語る女性たちを、そんなふうに非難し、批判して終わるような立ち位置に、私は絶対に立ちたくない」という言葉が印象的でした。

今回ファンダム経済を描くにあたり、その構造のほの暗さに加えて、中にいる人たちの輝きを絶対に書きたかった。あの、ファンダム経済の矛盾を感知しながらも、それでもと咲かせる愛と行動力。とてもまぶしく感じます。

田中

年齢も立場も異なる3人の視点から物語が語られます。私が近しく感じたのは久保田慶彦47歳。「人生とは、これまでやってきたことが還ってくるものだと思っていた」けど、「今後還ってくるのは、これまでやってきたことよりも、これまでやってこなかったことのほうなのかもしれない」という言葉が刺さりました。

私は、仕事ばかりしていたら友達がいないと気づいたのが32歳のとき。これはまずいとオタク的趣味の現場に足を運び、ついには2.5次元舞台にハマって事なきを得たんです。

朝井

推し活は、超個人的な欲求から他者とつながれる可能性がある場所。一方で、熱心になればなるほどマーケティングに利用されてしまうという面もありますよね。

田中

多くの人が生活や収支のバランスをとりながら楽しんでいるなか、尋常でないハマり方をする若者が増えてきたように思います。軸足がそこにしかなく、自分を客観視できないままオタクの競争に放り込まれてしまう。それが顕著になっている今だからこそ、若者にはこの小説を読んでほしい。

一人一人個性とズレがあり愛着を持って追いたくなるキャラ造形も見事でした。

朝井

ファンダムを構築する人、のめり込んでいく人、かつて中にいた人という3視点で書きました。特にのめり込んでいく人の過程に説得力を宿したかった。

ファンになる入口を恋愛感情とする設定には飽きていたので、自分の倫理観や思想、人生哲学のようなものを推す対象に重ねて傾倒していく内向的な人物を書きました。そういうファン像が増えた印象があるんです。

田中

性格診断のMBTIをはじめ現代的なトピックの取り込み方や迫り方にも小説ならではのすごみがありますね。現代日本を捉えながら、別の時代、別の文脈でも起こりうると感じさせる物語の構造もすごい!

朝井

現代的なキーワードが頻出するからこそ普遍性が必須だと考えました。ファンダムとはつまり、何かを本気で果たしたい人々の集団。そう考えると、選挙や戦争のときの大衆の動向にも自然と重なる部分がある。その両義性を同じ解像度で書きたかった。

私はよく、小説のテーマについて奨励も糾弾もしない、または同程度にするという書き方を採るのですが、この書き方はテーマをそのまま生け捕れる一方で、現実が平和であるという前提が必要。そうでなければ何かを奨励し何かを糾弾する形式の小説がより求められるでしょう。いつまでこの書き方ができるか、危機感があります。

田中

確かに。でも男性のコミュニケーションについては今後も書いてほしいです!

朝井リョウの新作『イン・ザ・メガチャーチ』
『イン・ザ・メガチャーチ』
レコード会社に勤務する久保田慶彦、大学生の武藤澄香、俳優を推す隅川絢子という語り手とファンダム経済を軸に、推し活、信仰、連帯、孤独と救済にまみれた現代日本を活写する長編小説。日本経済新聞出版/2,200円。