訪れるのがほぼ初めてだというギャラリーに「買うかわからないのに足を踏み入れていいのかな……」と、少し緊張した面持ちの中島セナさん。一方で、「部屋に絵を飾ってみたいと思っていたので、買うことを想像したらたくさん質問が浮かんできちゃいました」とも。
というわけで購入する際の基礎知識を教えてもらうべく、弁護士でアートコレクターの小松隼也さんに同行していただき、いざ表参道の〈MAKI Gallery〉へ。ディレクターの牧 正大さんが出迎えてくれ、この日、開かれていた国内外の女性作家5名によるグループ展を案内してくれることに。「牧さん、小松さん、今日はよろしくお願いします!」
Q
買わなくてもギャラリーに行っていい?
A
少しでもアートに興味を持って見に来てくれるなら、もちろんです。ほとんどのギャラリーの展覧会は無料ですから、気軽に作品を楽しんでほしいですね。最近は作品を撮影してSNSで紹介してくださるお客さんも増えて嬉しく思っています。でも、作品は自撮りの背景ではなく、ギャラリーは写真スポットでもありません。作品や作家のことを少しだけ知って、またSNSではアーティストやギャラリーの名前を書いたりタグ付けしたりしてくれるとなお嬉しいです。(牧)
Q
信頼できるギャラリーの見分け方は?
A
様々な形態のギャラリーがあるので一概には言えませんが、ギャラリー自体の雰囲気やスタッフの方々と話す時に感じる空気感というのは、案外大事だということ。アーティストとの関係性が稀薄でビジネスに偏りすぎているところでは、作品を購入するのも不安ですよね。作家が制作している姿やその背景を丁寧に説明しているギャラリーは、作家もお客さんのことも大事にしている印象。作家や作品について質問してみると、見えてくることがあると思います。(小松)
Q
買う前に確認しておくことは?
A
作品のサイズや素材が、飾る場所の条件に合っているかを確認することはもちろん大事ですが、意外と見落としがちなのが、作品を搬入する動線のこと。階段や廊下の曲がり角を通ることができなかったり、マンションのエレベーターに入らなかったり……。ちなみに個人的には、購入する前にアーティストのインタビュー記事を読みます。年齢や出身、どのような思いで制作しているのか背景を知っておくと、より作品を楽しむことができると思います。(小松)
Q
初めはどんな作品を買えばいい?
A
何よりも直感的に「好きだな」と感じる印象はとても重要です。さらに僕がアドバイスするなら、「自分に似ている作品」であること。自分にないものを持っている人に惹かれることって結構ありますよね。実は作品も、自分と正反対の印象を持つ作品にインパクトを感じることが多いもの。でも長い目で見ると、自分の感性に似ていて心地よさを感じるのは、一緒に暮らすうえで大事なことだと思います。もう一つ、無理しない予算内の価格であることも大切ですよ!(牧)
Q
投資目的で買うのってどうなの?
A
転売目的だけで購入することには、ほとんどのギャラリーが難色を示すと思います。が、買うのは個人の自由なので、買ううえで絶対のマナーがあるわけではありません。それに、相当の金額を払うわけですから「どうせなら資産価値のあるものに投資したい」と考えるのは当然の心理でしょう。でもやっぱり、投資目的だけではなく、本当に好きなアーティストの作品を購入していただきたいなと思います。結果的に、その作家をサポートすることにもなりますからね。(牧)
Q
迷った時に何を決め手にすればいい?
A
取り入れやすいのは小さなアートですが、例えば同じ作家の絵画で迷っているとして、予算的にも飾るスペースにも無理がない場合はより大きいサイズをおすすめします。それは、作品をより身体的に感じられる魅力と、サイズが大きい方が価格は上がる可能性があるため。少し飛躍しますが、テレビを購入する際に、店舗では小さく感じたのに、自宅で設置してみると大きすぎると感じることがありますよね。しかし、時間が経つと不思議と馴染んでくると思いませんか?(牧)
Q
価格はどうやって決まっている?
A
一般的には、需要に合わせて作品の価格も連動します。加えてアーティストのキャリアも大きく寄与しますが、現在の世界のアートシーンとマーケットの動向や、過去のアーティストの価格も鑑みて、作家と話し合って決定します。ただ、売れているからといってむやみに価格を釣り上げ、一過性の“流行作家”にならないようにするのもギャラリーの責務。ギャラリーの仕事は作品を売ることでもありますが、作家にもお客さんにも無理のない価格設定を大事にしています。(牧)
Q
いくらまで経費扱いになる?
A
個人で1点100万円未満の作品を事業用に購入した際には、基本的には耐用年数8年の減価償却資産に該当し、経費扱いにすることができます。30万円未満の場合は消耗品費として一括で計上可。領収書の但し書きには「美術品」と記してもらうのが無難でしょう。ちなみに作品が100万円以上の場合は固定資産と判定されますが、例外的に「時の経過によりその価値が減少することが明らかなもの」として一定条件を満たす場合は、償却資産として認められることも。(小松)
Q
プライマリーとセカンダリーの違いって?
A
金融・証券用語と同様に、プライマリーとは作品を最初に売買する一次市場のこと。よって、アーティストと契約を交わしているプライマリーギャラリーで販売するのはすべて、世の中で初めて取引される作品です。セカンダリーとは、一度でも購入歴のある作品を再び売買する二次市場のこと。作品自体は新作だとしても、再販の場合はすべてセカンダリー扱いになるということですね。オークションをはじめ、セカンダリーの作品だけを扱うギャラリーもありますよ。(牧)
Q
値切ることってできる?
A
基本的には価格とマッチする場合に購入していただくのですが、「絶対に値引きしないというわけではない」というのが答えです。アーティストの意向によっては、ご相談に乗ることもあるんです。しかし、ギャラリーによっても対応は異なるので少し注意が必要。僕の肌感としては、ディスカウントを希望するお客さんがいる一方で、上乗せしてでも購入したいという方もいて、「作品が売れていないから値引きする」というわけではないことを補足しておきたいです。(牧)
Q
エディションってなに?
A
作品の販売限定数のこと。例えば、写真や版画、映像作品など複数点制作することが前提になっている作品では、販売しすぎてしまうと一点の価値が薄れてしまう。よって、最初に作る点数を購入者に約束しているルールのようなもの。限定数が計5点ならその数を分母にして、1/5、2/5……5/5というように、エディションナンバーが画面の余白や作品証明書などに記されます。ただ、数字が小さければ制作された時期が早いわけでもなく、基本的に価値は同じです。(小松)
Q
買った作品をデータ化、複製してもいい?
A
たとえ作品が購入者の所有物になっても、著作権は作者にあります。例えば名刺に印刷したり、ウェブサイトに掲載したり、個人利用の範囲内でも本当はアウトなんです。ましてや作品をグッズにして販売するなんて、許されざる著作権侵害。拍子抜けするほどあっさり「使っていいですよ」ということもあり得ますが、少しでも人の目に触れる機会があるものや場所で複製品を使う際は、作家に許可を取ることが不可欠。まずは購入したギャラリー経由で相談しましょう。(小松)
Q
飾ったり、保管したりするうえでの注意は?
A
作品を保有するうえで一番気をつけないとならないのが、直射日光と湿気。日本の気候は、作品へのダメージが比較的多くないといわれているのですが、梅雨の時期は空調を整えることをおすすめします。また、普段あまり過ごすことのない部屋は要注意。「1年放っておいたら絵にカビが……」なんてことも。家も人が住んでいる方が長持ちすることに似ていますね。「うちの玄関に飾っても大丈夫?」と、ギャラリーのスタッフに迷わず聞いてみてください!(牧)
Q
破損したらどうしたらいい?
A
第一に購入したギャラリーへ相談しましょう。アーティストが存命であれば、よほどの破損でない限り修復をしてくれることも多いです(修復費用は発生)。アーティストにとって作品は、手元を離れても自分の子供のような存在ですし、制作した本人が修復方法も一番よくわかっていると言えるでしょう。またギャラリーも、販売したら終わりではなく、作品に関することはいつでも力になりたいと思っているものです。ギャラリーを通じると最善策が見つかるはずですよ。(牧)
Q
購入した作品を手放したい時はどうすべき?
A
作品の所有権は購入者にあるのでもちろん義務ではありませんが、まずは購入したギャラリーに相談するのがベストでしょう。そのアーティストのファンである顧客を一番多く持っているのが購入元のギャラリーなので、次に大切にしてくれるお客さんを知っているとも言えるわけです。「せっかく買ったのにと思われないかな?」なんて心配せず、作家もギャラリーも相談してくれた方が嬉しいはず。ギャラリーによっては作品を買い戻してくれるところもありますよ。(牧)
Q
額装はした方がいい?
A
僕は、現代美術作品は額装しないことをおすすめしています。絵画にアクリル板やガラス板を被せると反射してしまうし、絵具そのままの質感や作品との親密な距離感を自宅で楽しめることも、作品を所有する醍醐味ですから。ただ、飾る場所が直射日光を避けられないなどの理由がある場合はUV入りのアクリル板を施した方がベターですし、小さいお子さんがいるなら触れないように額装した方がいい場合もありますよね。環境に合わせて選択するのがいいでしょう。(牧)
「アートを買う」がぐっと身近に
アートを買う時の基礎知識を教えてもらい、「“なるほど!”がたくさんあって、不安が吹き飛びました」と、中島さん。そして牧さんが「美術館では作品に触れないように柵や線があることが多いので、どうしても“鑑賞”している感覚になってしまう。でもギャラリーには柵も線もなく、作品をもっと近くに感じませんでしたか?」と言うと、大きく納得。
「自宅に飾ったらきっとこんな雰囲気だなって想像しやすかったのはそういうことだったんですね。作品のことも、買うことも、今はより身近に感じます!」