4年ぶりのアマゾン支援の旅から戻って
「無事に帰ってきました!」と、「アマゾン先住民から南研子へ 深い絆と感謝のアート展Ⅱ」の会場で元気いっぱいの笑顔で迎えてくれた熱帯森林保護団体代表の南研子さん。南さんが最後にアマゾンを訪れたのは2019年。今回4年ぶりの訪問がかない、“お里帰り”のような気持ちでワクワクと緊張を胸にインディオの先住民族たちが暮らすアマゾン・シングーの森へ向かったと言う。
「もう次元が違うって言ったら変な言い方だけど、現地の生活では時計の感覚もないわけ。だけどすごく楽になるというか、そぎ落とされて帰ってきたわね。4年ぶりの訪問だったけれど、改めて向こうの生活の方がよっぽどまともなのだと思いました」
と、朗らかに語りながらも、実は不安もあったと心中も明かした。
「これまでは毎年訪れていたのに今回は4年もブランクがあり、自分も年齢を重ねたので、正直自信がなかったの。2万キロという途方もない距離を移動して、着いた先で待っているのは電気もトイレもない生活。しかも50度の灼熱……。だけど言葉に出してしまうとそれが現実になってしまうから、行く前に不安は一切言わなかったわけ。無事に帰ってこられて心からホッとしています。帰ってきてからも一度も倒れなかったしね」
食べて、出して、寝る。余計なものはそぎ落とされていく
今回訪れたのも、これまで何度も通ってきたカヤポ族とシングーの部族の人々が暮らす先住民保護地区の森。訪れてすぐに、そこでの生活はすべてが命がけであったことを思い知らされた。
「本当に、何が一番大変かってトイレを探すこと。現代社会の日本で暮らしていたら、用を足す場所を探すために苦労するって、あり得ないでしょ。だけど向こうにはもちろん水洗トイレなんてないから、まずはみんなが暮らす場所から少し離れて、50度の炎天下をクラクラになりながら歩いて安全に用を足せる場所を自分で見つけるわけ。
だけど見つけたからといって出し終わるまでは油断できない。一本の大きな木があって、ここは日陰にもなっていて良さそうだなと思って近づいたら、ブンブン音がしてものすごい大きなスズメバチの巣があったり、背後からいつ獣が出てくるかもわからない。
今日仕事でこんなことがあったけれど、うまくいくなぁとか。あの人とあんなことがあったけど、大丈夫かなぁとか。そんなことを考えているうちに刺されて死ぬかもしれない。常に周囲の気配に神経を張り巡らせ、用を足すという当たり前の行為を命がけでやらなくてはいけない。そうすると、余計なことはどんどんそぎ落とされていくわけ。
そんなふうに無理やり全部剥ぎ取られて、何が残ったかというと、自分の本質だけ。要は、食べること、出すこと、寝ること。つまりそれが、“生きる”ということなのよね」
奇しくも4年間というブランクがあいたことで、その間の自分自身の生活を省みる機会にもなったという。
「こっちの文明社会にいるとついつい日常の忙しさにかまけて、本来大切にしなければいけない本質的なものを大した価値がないとするような状態を自分自身が育てていたなとドキッとした。
アマゾンでの生活は不便といえば不便です。隣の集落に行くのにも道がないから4時間くらいボートで移動しなくちゃいけないし、その間暑さも紫外線も凌げないから頭の上に濡らして絞ったタオルを載っけたり。そういう不便を体験すると、やっぱりどこかで便利を求めてしまう。
今まで道がなかったところに道路を通すと、移動はすごく便利になる。でも、そうすると生態系が崩れ、オートバイが通ることで地球資源が消費されて、付随するたくさんのものが変わってくる。だから便利って、落とし穴。便利なものを一つ得るということは、大事なものを一つ失っていくことなのか、と今回すごく感じましたね」
大切なのは、信頼し、待つこと
滞在中は、無事に心臓の手術を終えて元気になったカヤポ族のラオーニ長老と再会を果たした。また彼の呼びかけでカヤポ族の拠点ピアラスで開催された、アマゾンの自然を守ることを目的とした「ラオーニの呼びかけ」と題した催しにも参加。ブラジルインディオ、NGO、政府の要人、ジャーナリストなど国内外から800人が集まる祭典のような大きな集会で、偶然にも滞在期間と重なり、さまざまな人との新たな親交も結んだ。
今回は新しい出会いと同時に、これまでの活動を振り返り、その成果を再確認できる旅でもあったという。その一つに、2014年から続けている「消防団事業」がある。
「森を守るための事業として、すごく大切なのが防火・消火の機能。ただ火を消すだけなら消火機材を買って彼らに渡せば簡単です。でもきちんと専門家を招いてその使い方を理解し、どうやって消火し、そもそも火事を起こさないための防火に対する認識を彼らと共有しなければ、あっという間にその機材は使われなくなり、お金も無駄になり、防火・消火という考えは彼らの生活に根付かない。
ここにくるまで10年かかりましたが、今では消防団の若いリーダーたちが自主的に消火訓練をしていて、火から森や村を守っている。活動が認められて、消防団の中から政府の消防士として正式に採用されている人材もでてきたと聞いて、すごく嬉しかったですね。
さらに振り返れば、数年前に村に学校を建てたことで子どもたちがポルトガル語を学び、成長して若いリーダーとなり、外の世界との交渉を彼ら自身でできるようになったから」
一方で、ポルトガル語を話すことで自分たちの言語や文化が廃れていくという側面もあり、果たして一概に良いことと言えるのか、その葛藤は拭えないとも。
「けれどこれまでの私たちのやり方として、さまざまな支援プロジェクトをこちらから提案するというやり方は一度もなかったんです。常にカヤポ族や他の部族のリーダーとの対話から始まります。インディオが存続していくためにどうしたらいいか、まずは彼らが求めることに対して現状を聞き、どうしたいのか?何が必要か?その理由は?と、ひとつひとつ積み重ねる。
そのために時間はものすごくかかります。だけど、言葉も文化も考え方も異なる私たちのやり方をそのまま押し付けたってうまくいくわけがない。大切なのは待つことなのだと痛感しました。ここに至るまで、もちろんたくさんの失敗もありました。けれど失敗からしか学べない。
インディオ自身、かつては金採掘の労働力として搾取された暗い過去があります。言葉も文字もわからないうちにサインをしてしまい、地図にも載っていないような街に行くと、あるのは金採掘場と売春宿。そこで酒、薬、売春を覚え、HIVに感染して村に戻ってくる。そんな状況を打破するために学校が必要だったのです。失敗から学ぶ。それは支援している私たちも、インディオたち自身も同じなんですよね」
次の世代に恥ずかしくない生き方をしたい
たくさんの出会いと気づきに恵まれた約40日間の滞在。南さんの中には、とある親子の姿が深く心に刻まれたという。
「その父親はどうやら学校の先生だったらしいのだけど、私にお土産で持たせようとワニの椅子を彫ってくれていたの。それこそ何日もかけて手で彫って、色を付けて。その様子を、傍で子供が何時間もじっと見つめているの。父親も、『よく見とけ』とか『こうやるんだぞ』なんてことは一言も言わない。
子供は黙って、ただお父さんの所作を全部見ている。その光景を見た時に、すごく納得したの。子どもは自分たちの文化というものを残していくために、本能的に父親がやっていることを記憶していくのだなと。
いったい私たちは、本当に大事なことを、次の世代にきちっと伝えるべきものを、伝えられているのか。私自身、次の世代に恥ずかしくない生き方をしたいと、強く感じています」
そんな南さんは、これまで自身が体験したアマゾン熱帯林の先住民族の人々の暮らしぶりを一冊の本にまとめた。クイクル族のカマラ・クイクルさんの素敵なイラストに彩られた表紙を捲れば、インタビューでは語り尽くせなかった次の世代を担う子どもたちへのメッセージがたくさん込められている。
今回も会場にはアマゾンに暮らす先住民族たちによるすばらしい工芸品や貴重な装飾品がずらりと並び、展示販売されている。彼らの作品に触れ、声なき声に耳を澄ませば、遥か2万キロ先に広がる大自然の息吹と、生きることの本質を感じることができるだろう。