〈東京国立博物館 表慶館〉で開催中の展覧会『カルティエと日本 半世紀のあゆみ「結 MUSUBI」展—美と芸術をめぐる対話』。本展に合わせアーティストの澁谷翔が制作したのは、35日間で47都道府県を縦断し各地の新聞にそこで見た空を描いた全50点の新作《日本五十空景》だ。そのオファーの経緯から創作時のエピソード、今後のチャレンジに至るまで、キュレーターを務めるエレーヌ・ケルマシュテールと語り合う。
「空は青色だけじゃないんです。目を凝らしてペイントしたい」
——澁谷さんのNYTシリーズは世界的にも話題になりました。エレーヌさんが澁谷さんを知ったきっかけと、作品をどう感じられたのか、教えてください。
エレーヌ・ケルマシュテール
初めて翔さんの作品を見たのは2022年、ミラノ・トリエンナーレでのことでした。NYTシリーズとしても知られる《Sunrise from a Small Window》のうちの47点です。ニューヨーク・タイムズの表紙に、その日の空を描く一連の作品ですね。
彼は空気や光の変化を繊細に捉える、素晴らしいペインターです。アメリカの抽象画家マーク・ロスコを思わせるけれど、その表現はコンセプチュアルというよりはエモーショナル。この点も大きな魅力の一つだと思います。
澁谷翔
その日の空をその日の新聞にペイントする、ということに意義があると思っています。だから新しく表現するよりも、見たままを描くことを大切にしているんです。
また、〈カルティエ現代美術財団〉とは以前からポスターのデザインを担当してきました。関係性もできてきて、エレーヌさんにもいつか何かやりましょうとおっしゃっていただいて。
——そして今回の新作展示につながったのですね。エレーヌさんはどのような形で依頼をされたのでしょうか、また澁谷さんはそれを受けてどのようなことを考え創作に臨まれたのでしょうか。
エレーヌ
ペインターとして素晴らしいだけでなく、翔さんは今回の『結』にぴったりだと思ったのです。新聞は毎日発行されるものですよね。その紙面には過去、現在、そして未来が詰まっています。つまりエンドレスであると同時にタイムレスでもある。
〈メゾン カルティエ〉と〈カルティエ現代美術財団〉の歴史とその先を、象徴的に示してくれる存在だと考えたのです。だから、参加してもらえませんか?とオープンな会話から始めました。
澁谷
初めはすでに所蔵されているコレクションを展示していただく案を伝えました。すると、エレーヌさんから「ほかにも何か?」とクエスチョンマーク付きのメールが(笑)。これまでの経験から、財団にアーティストをリスペクトしてもらっていることはよくわかっていたので、自由に考えたんです。
そして思い至ったのが《日本五十空景》でした。ロックダウン中に歌川広重の《東海道五十三次》をインスタグラムで紹介していたんです。外出できないときに旅を空想していたんですね。でも今ならできる。広重のように日本全国を回って絵を描きたいと思ったんです。
エレーヌ
時の経過はもちろん、地理的な広がりも感じられるこのアイデアは本展にも共鳴する。何より翔さんが願ってきた夢の実現をサポートしたいと思ったのです。
大量の画材を携え、35日間、日本1周の旅へ
澁谷
制作は今年の1月1日、広重のように東京・日本橋からスタートしました。太平洋側を南下し沖縄へ、その後日本海側を北上し北海道へ、最後に再び東京へと。
47都道府県すべてに足を運ぶのは初めてでした。頭で知る情報としてでなく、感覚的にこの国をよく知ることができたと思います。例えば徳島ではかつて祖父が暮らした町で朝日を眺め、福井では広重の作品と全く同じ雪景色が広がっていて感動しましたね。
震災直後の金沢では、友人でもある九谷焼の窯元〈上出長右衛門窯〉6代目の上出惠悟さんを訪ねたことや、13年ぶりだった福島県双葉町のほかと変わらない空の青さは強く印象に残っています。
日々移動しては新聞を買い、ホテルで絵を描いていたので、もちろん大変ではありました。広げて、片づけて、移動してというのを繰り返すので、画材がバッグの中で散乱してしまったりも。
エレーヌ
制作期間中はなんとか最後までやり遂げてほしいと陰ながらサポートしました。普段から困ったことがあれば連絡をもらって、並行して展示方法の相談もしましたね。最終的には建物の中央、つまり「結(むすび)」となるスペースに50作品すべてを並べています。
澁谷
時計のように時系列がわかる形で展示していただいています。実は子供のときに訪れた表慶館に自分の作品が飾られるのは本当に光栄なことです。
エレーヌ
今回は10年以上NYで暮らしてきた翔さんが日本と再びつながるチャンスでもあったと思います。この作品を携えて47都道府県巡回展ができたらいいですね。
澁谷
それはいいですね。制作の旅以上に大変な気がするけれど(笑)。