アリ・アスター監督が語る邦画の魅力と、映画の普遍的な美しさ

国境も言語も超えて、映画の魅力は伝わるもの。アリ・アスター監督に、邦画の魅力と、映画の普遍的な美しさとは何かについて語っていただいた。

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photo: Kazufumi Shimoyashiki / text: BRUTUS

映像が美しいだけではいけない。そのお手本は日本映画にある

道路の白線に沿って、裸足で歩く男。美しい朝焼けの中、辿り着いたのは、まだ静かに眠る小さな町。

12月に公開されるアリ・アスター監督の最新作『エディントンへようこそ』は、この町で、これから何かが起きる。そんな予感に満ちたドラマティックなシーンとともに幕を開ける。これまで、白夜に祭りを開催するカルトの村や、強迫観念にとらわれた男の脳内世界など、多くの斬新な世界を作り上げてきたアリ監督にとって、2020年のコロナ禍を時代設定とした狙いは何だったのか。

『エディントンへようこそ』(148分/'25/米)
2020年、コロナ禍。米・ニューメキシコ州の小さな町エディントン。保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)は、野心家の市長テッド(ペドロ・パスカル)とマスクをするかしないかで口論になる。納得できないジョーは、市長選立候補を決意する。12月12日、全国公開。

「あのパンデミックの時期、アメリカが何かあらぬ方向へ向かっていく、そんな予感がありました。感染予防対策として人と人とが距離をとらなくてはいけなくなったために、お互いの主張が強くなって、話が通じなくなっていった。それは前から存在していた現象ですが、ロックダウンを転機に加速したと思っています。その二極化、分断といったものを描こうと考えたのでした」

晴れやかだったエディントンの町は、主人公の保安官ジョー(ホアキン・フェニックス)がマスク着用の義務を守らずにパトロールをし始める頃には、灰色の分厚い雲に覆われ始める。市長テッド(ペドロ・パスカル)とジョーが道端で口論をする、まさに大きな対立が始まるシーンでは、その雲が2人の背景にしかと映っている。そして、どこへ向かうのかまったく想像のつかない混乱と狂乱の物語が展開されるのだった。

「映像がただ美しいだけの映画は退屈です。香水のコマーシャルを観ているような気持ちになる。その映画なりのスタイルがちゃんとあって、こういうものを描きたいという動機が見えることが、映画には大切です」

つまり、意味のある映像の美しさでなければいけない。確かに、『エディントンへようこそ』の映像美はしっかりと物語の歯車になっている。その意味での良い映画がたくさんあるのが日本映画だと監督は続ける。

来日してインタビューに答えてくれたアリ監督。「今村昌平はダークコメディ的なキャラクターをキャリアを通じて追求していた監督です」など熱い話はとめどなかった。

「ビジョンが明快で、誠実で、しっかりとスタイルがあるものが多いから、好きな日本映画がたくさんあります。まず、小林正樹監督の『怪談』('64)。作品のスタイルがしっかりある、大好きな映画です。『エディントンへようこそ』を作っている時は、今村昌平の『楢山節考』('83)のことを考えていました。『ええじゃないか』('81)も、『復讐するは我にあり』('79)もいいし、小津安二郎、成瀬巳喜男……。好きな映画監督もずっと言い続けられます」

邦画の、特に古典に美しい作品がたくさんあると語ってくれたアリ監督。アメリカのヒットメーカーも、邦画の美しさを知っているのだ。そういえば、とアリ監督。

「エディントンのモデルとなったトゥルース・オア・コンシークエンシーズというニューメキシコの町は、温泉が有名です。もし新作を気に入ってもらえたら、ぜひ聖地巡礼して温泉に入ってみてください(笑)」

アリ・アスター監督が考える日本の美しい映画

『怪談』(181分/'63)監督/小林正樹
小泉八雲の『怪談』に収録された4つの物語を映画化した作品。オムニバス形式で、その中の「耳無芳一の話」で芳一を演じたのは中村賀津雄。ほかに三國連太郎、新珠三千代、仲代達矢、岸惠子ら豪華キャストが出演している。音楽は武満徹。東宝/2,750円(DVD)。©1965 TOHO CO., LTD.
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