生産と流通基盤の地道な整備が、イノベーションの近道
建設業界は新規の参入障壁が高い“レガシー業界”だ。既存の企業や各種組合によって技術や商流が寡占(かせん)され、多重下請けの構造も根強い。そんな閉ざされた業界に挑むのが、建築テック系スタートアップ〈VUILD〉だ。秋吉浩気さんが2017年に創業。誰もが造り手になれる“建築の民主化”を目指し、建物や家具の製作をデジタル技術でサポートする仕組みを着々と整備する。
横浜・本牧の自社工場を訪ねると、先鋭的なデジタル技術と泥くさい木工作業が同居する、もの作りの現場が現れる。そこは三菱重工が運営する〈Yokohama Hardtech Hub〉という名の共創空間内。イタリア製の大型木材加工機2台が鎮座し、木材パネルと切り出された部材が山と積まれる。
「建設中の建物の、すべて形が異なる建材2000パーツを、加工機2台を同時に回して切削しています」と秋吉さん。設計事務所はもちろん工務店もほぼやらない建材の加工。それをあえて自社で行うのは、建設プロセスを上流から下流まで見直すためだ。
なぜ秋吉さんは建築の造り方を根本から変えようとしているのか?きっかけは大学院時代の、2つの出会いにある。一つはアメリカ生まれの木材加工機「ShopBot(ショップボット)」だ。「欲しい技術を手に届く価格で提供する」をモットーに開発されたリーズナブルな機械。だが組み立てや配線、修理を自分でやる必要があった。そこで秋吉さんは販売のみならずセットアップから使い方のレクチャーまで行い普及に努めた。
この機械は22年10月現在、国内約140ヵ所に導入されている。〈VUILD〉や各地のクリエイターのもの作りを促進し、かつ〈VUILD〉の売り上げの4〜5割を占める基幹事業となっている。
もう一つは、実業家で世界中の起業家の育成や支援を行う孫泰蔵との出会い。世界のスタートアップが集まるイベントを機に邂逅し、以後いくつかのプロジェクトを任されたという。
「最初は起業に興味がなかったのですが、経験がたまって自信もついてきた頃に“もし世界を変えられるとしたらどうしたい?”と言われました。“みんながShopBotを使えるようにしたい”と答えたら“なぜやらないの?資金は出す”と言われ、もはややらない理由がありませんでした」
デジタルプラットフォームとレガシー技術を結びつける
17年11月、孫の〈Mistletoe〉と井上高志の〈LIFULL〉から1億円の資金調達を受けて創業。そこからの展開は速い。
「“建築の民主化”というビジョンをまずは事例で示したい」と取り組んだのが建築作品〈まれびとの家〉だ。材料は「ShopBot」で切った地場産材。場所は富山県南砺市利賀村。人口減少に悩み、合掌造りの伝統が失われつつある集落だ。
ただし実現には大工に加え、林業家、製材業者の協力が必要だ。「デジタルファブリケーションで合掌造りをやりたいと大工さんに理想を伝えたのですが、今までにない工法なので最初は前向きではありませんでした」と秋吉さんは振り返る。
新しい技術を携えてやってきた若者を、最初から歓迎するわけではない。秋吉さんは建築の生産体系を革新しようと試みるたびに、レガシー産業の力を借りなくては解決できない困難にしばしば直面してきた。そんなときは彼らを“現場に強制的に巻き込む”ことが効果的だったという。
「抵抗感はあれど、林業の衰退や限界集落化といった課題は共有している。なのでビジョンを示したうえで僕たち自身がまずやってみせて、そこに助言を乞うと、うまく進みやすいんです」
このときも現場で大工のアドバイスを受けながら試行錯誤し、最終的には地場産材を「ShopBot」で切り出し、重機に頼らず手で運んで組み立てるという理想のやり方を実現できた。
〈まれびとの家〉竣工からわずか半年後の20年5月、〈VUILD〉は家具などの部品を手持ちのCADデータから注文し、「ShopBot」で切り出すクラウドサービス「EMARF」をローンチした。木材加工が手軽にできるこのサービスは個人のDIYからオフィスなどの造作家具の製作まで幅広く利用され、順調に顧客を獲得した。しかし秋吉さんは間髪入れずに次なる行動に移る。
「『EMARF』では建築は造れない。CADなどの専門技術が必要なので、誰もが使えるわけでもない。そこで取り組んだのが『NESTING』でした」
「NESTING」は自分好みの家をアプリ上でカスタマイズし、その場で見積もりを出し、注文まで完結できるサービス。22年春に開始したばかりだ。地場産材を「ShopBot」で切り出し、建設には各地の工務店と提携する。
これには家づくりの仕組みのみならず、建材をグローバルに調達する産業構造にメスを入れ、自律分散型の生産ネットワークを構築する狙いがある。もちろん仕組み作りはそう簡単ではない。建築を造るうえでは、さまざまなレガシー企業との協業に迫られる。そんなとき秋吉さんが気をつけているのが「トップと仕事をすること」だ。
「大企業ほど階層構造。下部階層の人たちには意思決定権がなく動きも部署レベルで閉じてしまいがち。僕はへたすると担当者の部下よりも若いのでネガティブなバイアスも入りやすい。試行錯誤のうえで行き着いた方法です」
一方、〈VUILD〉のスタッフは20〜30代前半の若者が中心だ。新卒採用の若手にプロジェクトの中心部分を担当させ、経験者をサポートに回すという。
「経験者は残念ながら固定観念に縛られやすく、気づいたら月並みなものができてしまうので」と秋吉さんは、経験による“バイアス”を避け、新卒者の自由な発想に期待を寄せる。
市場創出から技術革新まで、長期のゲームチェンジに挑む
次々と新事業を展開する〈VUILD〉。そのためにはハードウェアや人材への投資が欠かせない。2022年7月にも1.4億円の資金調達を行い、累計調達総額は約6.4億円に上る。資金調達はスタートアップにはつきものだが〈VUILD〉の場合、投資家と顔の見える関係にあることが特徴だ。株主には〈スープストックトーキョー〉の創業で知られる遠山正道や、〈メルカリ〉会長の小泉文明などの起業家の名が並ぶ。
「僕らはニーズありきのビジネスではなく市場創出が目的なので、短期的な成果は出にくい。だからビジョンに共感してくれる経営者に株主になってもらう」と秋吉さんは説明する。
「特別な技術開発は要らない。ただ実行に移す人がいなかった」と秋吉さんは言う。“建築の民主化”と言葉にするのは簡単だが、実現するためには市場から生産基盤、流通基盤や制度まで作り変えなくてはならない。長い射程で地道に取り組んでいく必要がある。
「既存産業の延命ありきで物事を進めようとすると、AppleのiPhoneやテスラの電気自動車のようなイノベーティブなプロダクトは生まれにくい。僕たちは10年、20年後を見据えて本当に切実な問題を解決すべく、仕組みから地道に作り変えていきたいんです」
VUILDが展開するプロジェクト
『EMARF』
デザインから切り出しまで、木製のもの作りをオンラインで完結させる
家具などを構成する木のパーツを、CADやスケッチソフトのデータから切り出せるクラウドサービス。注文データは全国の木材加工機「ShopBot」に送信され、顧客の元に加工された部材が届く。専用の加工ソフトを覚えなくても、機械が近くになくても木材加工ができるのが画期的。2020年のローンチ後、約2年半で、学生からコクヨなどの大企業まで顧客を抱えるサービスに成長。
『NESTING』
Web上で簡単に家を設計し注文できる、デジタル家づくりプラットフォーム
テンプレートを基にWeb上の操作で間取りや仕上げをカスタマイズでき、金額を確認しながら注文まで完結できる家づくりプラットフォーム。敷地の近場にある「ShopBot」で部材を加工し、地場の工務店が組み立てる。2021年末にプロトタイプ〈NESTING 0001〉が完成。22年4月、サービス開始。23年夏、栃木・那須に泊まれるモデルルーム3棟が完成する予定だ。
地方や業界の課題解決を導く、建築への挑戦
まれびとの家
2019年竣工。人口約500人の富山県南砺市利賀村に造られた共同保有型の宿泊施設。地域の伝統構法「合掌造り」を現代の技術でアップデート。建物を構成するパーツは地場産の木材を「ShopBot」で切り出したもの。資金をクラウドファンディングで集め、地域内の材料で地域住民と建設し、中山間地域の課題解決を試みた。20年グッドデザイン金賞受賞。
琲庵
2021年竣工。世界的バリスタによる会員制の茶室。高圧木毛セメント板をすべて形の異なる多角形215枚にカットし、円形のパーツでつないだ構造だ。鉄粉と木粉を合わせた塗料を塗り、茶釜のような風合いに近づけている。215種の部材を正確に施工できるよう現場では、マイクロソフト社のヘッドセットディスプレイ「HoloLens」を用いて効率化を図った。
秋吉浩気の次を生み出す仕事術
1:やってみせることで、強制的にプロセスに巻き込む。
2:トップと仕事をして、意思決定を速める。
3:プロジェクトは若手主導で、ベテランはサポート。
4:自分と哲学し、他者との対話で“気づき”を生む。
5:忙しくとも、海外の技術論文をチェックする。