楽しい人、ものと出会えた
福岡の買い物
「お金はいくらぐらい下ろしておいたらいいかな」。福岡での1日買い物ツアーが始まる直前、蒼井優さんは満面の笑みでこんな質問を投げた。困惑したブルータスのスタッフから「福岡、カードも使えますよ」と言われ、そうじゃなくてという表情に。
「今日は買うぞという気持ちを高めるためには現金の方が気合が入るんです。これぞ軍資金ですよね。同じような理由で、宅配便で送るという手もあるけれど、買ったものはやっぱり両手に抱えて持ち帰りたい。どちらも気分の問題なのですが(笑)」
何事も全力で楽しむ女優・蒼井優の福岡を巡る旅が幕を開けた。
気分はまるで海外の買い付けツアー
“布モノ”を探すなら迷わずココへ
1軒目は、博多駅前にある〈LIGHT YEARS〉。インドやパキスタン、モロッコからキルトやラグなどを買い付けていると聞き、リビングと玄関用にラグを探している蒼井さんの目が光る……。
だが、ドアを開くや否や、最初に目に飛び込んできたのは奄美大島で染められた泥染めの大きなキルトだった。
「大島紬を染めるのには200回くらい浸けて絞ってを繰り返すと聞いたことがありますが、この泥染めも、とても繊細で存在感がありますね」
奄美大島のテーチ木のタンニンと泥田で染め上げる手法を用いてインドのキルトを染めているため絵柄に使われた顔料の部分だけ色がのらず、黒や藍の下に元の柄が薄く見えてなんとも洒落ている。次に見せてもらったのがモロッコのベニワレンで作られた羊毛の上質なラグ。そして少数民族が織った繊細な模様のラグや遊牧民がラクダの革と葦で編んだござ。
どれも一目で気に入ったがサイズ問題などで購入は見送りに。買い物は雑貨類にとどめた。
「新作入荷タイミングごとに来たいです」という言葉を残し博多区住吉にある系列店の〈1834〉へ。
先住民の暮らしに根づいたものや
現代のものまで揃う籠の専門店
こちらは籠専門店。中でも蒼井さんが注目したのはアマゾンの籠。なんでも山形に住む文化人類学研究者の山口吉彦さんのコレクションから1960〜70年代の道具や籠を分けてもらったそう。
「見たことのない籠ばかりで、何かを手に取りながら次を探している感じ。宝探しのようでソワソワしています。アンティークは巡り合わせだから、気楽に、とはいきませんしね」
“音響・香り・光と影”の演出を味わう
ギャラリーのようなセレクトショップ
少々急ぎ足で続いての目的地〈krank / marcello〉へ向かう。実はこの中央区警固あたりは中学1年まで福岡に住んでいた蒼井さん思い出のエリアなのだという。
「毎日のように自転車で走っていましたが、あの頃は親にお小遣いをもらって本屋さんに行くだけ。ちゃんとした買い物は今回が初めてです」
そんな蒼井さんを迎えたのが〈krank / marcello〉の藤井健一郎さん。1階の〈krank〉がアンティークや自ら組み直した家具などを扱う店舗、3階の〈marcello〉は服や雑貨のセレクトショップなのだが、何より印象的なのは光と影を巧みに取り入れた空間そのもの。建物自体がインスタレーション作品のようなのだ。
「藤井さんから少しも売る気が感じられないのがいいんです。それというのも、どの家具も作品も愛情を込めて作り、選んでいるからだと思う」
明日から買い付けの旅に出るという藤井さんに別れを告げて、中央区赤坂にある〈工藝風向〉へ急ぐ。
日々の暮らしがほんのり嬉しくなる
ものと考え方に触れられる工芸の店
決して広くない店の中に、陶磁器、硝子、木漆工、染織など、暮らしに溶け込む道具が気持ちよく並んでいた。
「家ですぐに使いたいものばかり。今の季節、ガラスの器に惹かれがちではあるのですが、この石川昌浩さんの器は“買わねば”と思いました。薬味をたっぷりのせたそうめんを食べたいです。焼き物は井上尚之さんのスリップウェアに惹かれました。〈工藝風向〉は、ほっこりしてない工芸店。私はすごく好きです」
世界各国を旅して回ったお土産のような
楽しいものばかりのインテリアショップ
旅の最終地点は南区大橋にある〈organ〉。店のウェブサイトを一目見た時から「行きたい」と言っていただけに、入店と同時に次々掘り出し物を見つけ出す。オーナーの武末夫妻とのおしゃべりも弾み、手描きの古いカラフェや、50年代のトレーについてなど、“もの”の持つ物語を教わりながら終始楽しそう。
「〈organ〉で散財することはわかっていたのですが、良いものとたくさん出会えて嬉しいです!一つだけ、悩んで買えなかったのがカール・オーボックがデザインしたヴィンテージのナッツボウル。欲しかったけど、予算オーバーでした(笑)」
宣言通り両手に大きな紙袋を抱え、笑顔で夕暮れ時の街を歩く蒼井さん。
「福岡は居心地がいいですね。人の優しさが、映画の現場と重なります。シャイなおじさんと、世話焼きのおばさんがいるような温かいムード。いつまでも変わらないでほしいと思っていたけど、今は個性溢れるお店のオーナーさんたちや、クリエイターの方々が活躍し、より良く変わっていく福岡が誇らしいです。やっぱり自分の街という感覚、ありますね」