Isamu Noguchi イサム・ノグチ
〈ハーマンミラー〉第4の男
1904年ロサンゼルス生まれ。日本やアメリカなどで過ごし、30年代から抽象彫刻や舞台美術を手がけた。ジョージ・ネルソンは、ノグチが妹の誕生日のために制作したテーブルを見たのをきっかけに、彼を〈ハーマンミラー〉のデザイナーとして起用することを決めたという。またノグチはイームズ夫妻とも交流があり、夫婦でイームズの自宅を訪れ、食事する写真が残っている。世界的な彫刻家として大成していったノグチだが、そのデザインにも卓越した造形感覚が生かされた。彼にとって、芸術とデザインに境界はなかったとされる。1988年没。
Eero Saarinen エーロ・サーリネン
イームズの盟友で好敵手
1910年フィンランド生まれ。著名な建築家のエリエル・サーリネンを父に持ち、13歳でアメリカに移住。エリエルが校長を務めたミシガン州のクランブルック美術大学で学び、イェール大学などを経て建築家となる。クランブルック時代に一緒に過ごしたチャールズ・イームズとは親友で、後に自分の子供にイームズと名づけるほどに親交が深かった。またフローレンス・ノルとも早くから家族ぐるみの付き合いがあり、後に家具ブランドの〈ノル〉で家具を発表する。建築の代表作に、ジョン・F・ケネディ空港のTWAターミナルなどがある。1961年没。
Harry Bertoia ハリー・ベルトイア
金属を自在に操る彫刻家
1915年イタリア生まれ。15歳の時にアメリカに移住し、デトロイトで学んだ後、クランブルック美術大学の金属工房でジュエリーや金工を教えた。43年から、同校で知り合ったイームズ夫妻のデザインスタジオの一員として、成形合板やワイヤーを用いた椅子の開発で重要な役割を果たす。52年、フローレンス・ノルに依頼され、〈ノル〉のためにワイヤー製の家具シリーズを発表。大ヒット商品となるが、以降は彫刻家としての活動に専念するようになった。彼の彫刻作品は、エーロ・サーリネン設計のMITチャペルにも設置された。1978年没。
Florence Knoll フローレンス・ノル
ノルのミューズとして
1917年ミシガン州生まれ。交流のあったエリエル・サーリネンの勧めでクランブルック美術大学に進み、さらにヴァルター・グロピウス、マルセル・ブロイヤー、ミース・ファン・デル・ローエら巨匠建築家たちに師事。ニューヨークで家具ブランドの〈ノル〉を経営するハンス・ノルと46年に結婚し、同社のデザイナーを務めながら、クランブルック以降の人脈を生かして才能あふれるデザイナーや建築家を起用していった。55年にハンスが事故で死去した後も、〈ノル〉の中心人物として活躍。〈ハーマンミラー〉と並ぶポジションを確立した。
Paul McCobb ポール・マッコブ
グッドデザインを大衆に
1917年マサチューセッツ州生まれ。ボストンの学校でアートを学び、第二次大戦後にニューヨークに移る。デザインは独学だったが、40年代後半から家具の仕事を始め、49年から60年代にかけて代表作のプランナー・グループを発表。製造元の〈ウィンチェンドン・ファニチャー・カンパニー〉の知名度は低いが、当時はアメリカ有数の量販家具ブランドだった。その作風は、イームズやネルソンらに比べると大衆的でコーディネートもしやすい。近年になって徐々に再評価が進み、著名人がヴィンテージ品を収集したり、復刻版も登場している。1969年没。
George Nakashima ジョージ・ナカシマ
世界的に敬愛される木匠
1905年ワシントン州生まれ。マサチューセッツ工科大学で建築を学び、30年代は日本に滞在してアントニン・レーモンドの建築事務所に勤めた。44年からペンシルヴェニア州の工房で家具作りに専念し始め、無垢材を用いた家具を数多く手がける。46年、〈ノル〉でアームチェアを発表。52年にアメリカ建築学会からゴールドメダルを授与されるなど、木工の匠としての活動は早い時期から評価が高かった。現在は、ナカシマの工房を継ぐニューホープの〈ジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーズ〉と、日本の〈桜製作所〉が製造を引き継ぐ。1990年没。
Greta M. Grossman グレタ・M・グロスマン
西海岸モダンのアイコン
1906年スウェーデン生まれ。当時としては珍しく、女性ながら木工職人としての修業を積み、スウェーデン国立芸術工芸大学コンストファクに進んで家具デザインを学ぶ。40年に夫とともにロサンゼルスに移住し、インテリア、家具、照明器具のデザインを多数手がけた。その作風は多くのセレブリティたちに好まれ、女優のグレタ・ガルボやイングリッド・バーグマンのためにインテリアをデザインしたことも。40~50年代にデザインしたランプは、ミッドセンチュリーの西海岸のデザインシーンのアイコンとして、現在も人気が高い。1999年没。
Russel Wright ラッセル・ライト
食卓におけるモダン革命
1904年オハイオ州生まれ。学生時代に彫刻を学び、舞台美術などに携わる。30年代初頭からデザイナーとして活動し、テーブルウェアの代表作であるアメリカン・モダンを発表。さらに食器洗い機に対応したカジュアル・チャイナなど、手軽で合理的な食器をいくつも手がけた。それらはジョージ・ネルソンが編集した〈ハーマンミラー〉のカタログにスタイリングされるなど、ミッドセンチュリーの食のシーンを象徴するものだった。50年発行の著書『ガイド・トゥ・イージアー・リビング』により、モダンな生活様式を広めた功績も大きい。1976年没。