京町家の“音のある場”が新たにスタート
京都は岡崎。平安神宮から東へ徒歩5分ほどの閑静な住宅街にある〈しばし〉。“音のある場”をコンセプトに、町家の喫茶/リスニング空間として、ひそかにオープンしている。
運営するのは、音楽レーベル〈Traffic〉を主宰し、視聴覚芸術のエキシビション『AMBIENT KYOTO』にも携わってきた中村周市さん。京都と東京を行き来する氏が「京都で地に足を着けて、場を構えたい気持ちがあって」と築約100年の町家を改装。2023年10月から試運転的に開店し、ワークショップなど企画イベントを開催してきた。当初はアドレス非公開で予約制だったが、先日より喫茶営業を軸にリスタートしている。
これまでに坂本龍一のトリビュート企画、テリー・ライリー本人が〈しばし〉に滞在し行ったラーガ・レッスン、そしてフィールドレコーディングのワークショップなどを開催。加えて、〈しばし〉共同創設者である東岳志さんが運営する〈山食音〉のミールスを提供する催しも、というから幅広い。
中村さんいわく、〈しばし〉は「いろんなイベントや展示のために、想像ができるよう、なるべく色を付けずに空洞にしておきたい」。なので店内には余計な設えがなく、音に集中させる空間となっている。とはいえ、緊張を強いるような窮屈さは感じさせない。これは抜けの良い庭の景色がある、京町家の構造ならではかもしれない。
漢方茶と和菓子。そして竹林を借景に
取材時のBGMはエイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works Volume II』。この歪な名作を畳の上で漢方茶を飲みながら、自然音(取材時は大雨)とともに、しみじみと味わう。ちょっと照れてしまうくらいの趣あり。しかし、その時間はおのずと音に向き合う姿勢を整えるような体験なのだった。庭の竹林を借景に、天候や季節の移ろいとともにあるサウンドスケープはぜひ体感してみてほしいところ。
床の間にある音響機材は、すべて中村さんの私物で、英国産の真空管オーディオシステムである。BBC御用達としても知られるターンテーブル。そして「冷蔵庫のように(笑)」鎮座するスピーカーは、ビートルズやピンク・フロイドがレコーディングでモニターとして使用したものと同機種なのだそう。これら英国産のオーディオは当時、家具の延長のように作られた、としても町家の風景にも違和感がないのが面白い。
目指すは、音のあるパブリックスペース
理想は「パブリックスペースとして音を聴く場。お客さんと共に場をつくるような空間」。ということで自分の好きなレコードを持ち込み、聴くことができる試み「JUKEBOX」も行っている。誰かのお気に入りの一枚をきっかけに小さな交流が生まれることもすでに珍しくないようだ。
さまざまな状況で、さまざまな音楽に簡単にアクセスできてしまう今こそ、“聴く”が問われているのでは。こんな環境でしばし、レコードに耳を澄ましてみてはどうだろう。