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奄美大島での暮らし。便利ではないけれど、ここには、自分たちが失いかけているものがある

代官山〈G.O.D〉と葉山〈SUNSHINE+CLOUD〉とでセレクトショップを営む高須勇人さんは、2年前から奄美大島にも店を持ち、島の拠点として家も借りるようになった。ここから彼はリアルな「島の暮らし」を伝えようとしている。

Photo: Tetsuya Ito / Text: Tami Okano

必要なものは何かを問いかける島の時間

東京から直行便で約2時間。空港のロビーを出ると、植物が放つ少し甘い匂いと海からの湿った空気が一気に体を包む。エネルギーに満ちた島の風。それは、想像していたよりずっと濃いものだった。

高須勇人さんの奄美の店と家は、空港から車で15分ほどの「神の子」という集落にある。

敷地の目の前は珊瑚礁のリーフに囲まれた遠浅の静かな海で、島の中でもメジャーなサーフスポット、手広海岸へと続く。店の名前はPARADISE STORE〉。

赤く塗られた木造2階建ての一角で、海側の1階には14年ほど前に移住してきた陶芸家、中嶋夢元さん夫妻のカフェ&ギャラリーが、2階には宿泊施設がある。住まいはそのすぐ隣。店の建物に比べたら、びっくりするほど小さな平屋の家で、築50年ほど。

「家とか別荘というより小屋ですね」と高須さんは愛しそうに言う。灰色の薄いトタン屋根の建物は島でよく見る「島らしい建物」でもあり、素朴なその小屋を、樹齢400年以上というガジュマルの木が見守っている。

高須さんと奄美との出会いは9年前。東京でアパレルの仕事をしていた山田康志さんが、奄美にUターンをして店を開くことになり、高須さんの店の服を扱いたいと言ってきた。奄美はどんなところかと興味を持ち、ほどなくして初めて足を踏み入れ、思ったという。

「ここ、すごい。日本にこんなところがあったのか」と。ハワイ島のヒロには仕事で年に数回行く高須さんだが、その魅力はハワイに勝るとも劣らないものだった。

「奄美通いが始まり、島の人たちと交流するうちに深みへ……。正直、ここで服は代官山や葉山のようには売れないですよ。でも奄美に店を持つことは僕にとって大事なことなんです。

観光とか単なる別荘ではなく、店をやることで地域の人たちとのつながりも生まれる。島の価値観もずっと深く学べる。奄美の暮らしは都会のように便利ではないけれど、ここには自分たちの周りが失いかけているものがあるんです」

奄美にあるもの。それは高須さんが大事にしてきた、「時間がかかること、時間をかけること、簡単でないこと、簡単にしないこと、そして手のぬくもり」。

セレクトショップオーナー・高須勇人 奄美大島 自宅
小屋の東側半分は宿泊施設のロビーとして改装予定で、地元の仲間たちに内装工事をお願いしている。写真左が高須さん、右はステンドグラス職人の熊㟢浩さん。

奄美大島で生まれた染色技術に泥染めがある。山にあるバラ科の樹木、テーチギを煮出して茶褐色の染料を作り、糸や布に染着させる。その後、鉄分を含んだ畑の泥で染め、黒くする。同じことを何度も繰り返す手間のかかる仕事だ。

高須さんは奄美で若い泥染め職人の金井志人さんと出会い、店で扱う服を定期的に染めてもらっている。大阪から移住した谷口正樹さんの果樹園〈M.Mfarm〉にも通ううちに、彼がニホンミツバチで養蜂も行っていることを知り、稀少なそのハチミツを店で売るようにもなった。

「自分たちがいいと思っていることをここから外に伝えたい」と高須さん。伝えたいこととは、自然と共にある暮らし、そして島の時間そのものだ。

セレクトショップオーナー・高須勇人 奄美大島自宅 外観
写真右手の赤い建物内に店がある。2年前に新築した。左手、ガジュマルの葉に隠れるようにある小さな小屋が、高須さんの住まいだ。

島の人との交流から
本当の島の魅力が見えてくる

「例えば自給率にしてもエネルギーの問題にしても、少し前のライフスタイルに戻って考えようというとき、奄美は戻らなくてもいいくらいなんですよね。

これからどうなりたいかと紬村の人に聞いたら、島はこのままがいいと言う。店も今までの常識では売上を増やしていくしかなかったけど、成長を求めずにやっていく方法はないか、本当に必要なものは何か。島と関わり、島の小屋で過ごしながら、それを探している気がします」

奄美大島(あまみおおしま)

面積:712km2

人口:76,915人(2010年)

アクセス:東京・羽田空港から直行便で約2時間。鹿児島空港から約50分

島の特徴:鹿児島と沖縄の間にある奄美群島の一つで、離島としては国内で5番目に大きい。島内の行政区分としては奄美市と大島郡の4つの村からなり、奄美市の移住・定住支援としては農業後継者育成事業などがある。