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犬に会いに、旅に出る。秋田犬のふるさとを訪ねて

ふわふわの毛と愛くるしい顔を持つ秋田犬。海外でも人気の彼らに会いたくて、忠犬ハチ公のふるさとでもある秋田・大館へ旅に出た。豊かな自然が残る町には、秋田犬に会える施設や宿がそこここに。待ってて!あきたいぬ!

2023年4月11日発売 BRUTUS特別編集「犬だもの。」にも掲載。

photo: Kazuharu Igarashi / text: Masae Wako

大館能代空港

いぐ来でけだごと!空港到着口で秋田犬がお出迎え

秋田犬に会うために旅へ出る。行き先は忠犬ハチ公が生まれた秋田県の大館(おおだて)だ。曲げわっぱやきりたんぽ鍋で有名な町だけれど、歴史や生態を学べるミュージアムから温泉宿まで、秋田犬に会える場所も数多い。

出かけるのは8日・18日・28日のどこかがいい。なぜなら〈大館能代空港〉ではハチ公にちなみ、毎月8がつく日に秋田犬が迎えてくれるから。羽田から飛行機で70分。朝10時には空港に着く。と、到着口の向こうにふわふわの秋田犬!人懐っこい兄妹犬に大歓迎されて早くも心はホクホクだ。

市の中心部までは車で30分。その間に軽くおさらいを。呼び方は「あきたいぬ」。毛色は茶色っぽい赤毛、グレーの虎毛、白毛の3種で、天然記念物に指定された日本犬6種のうち唯一の大型犬だ。成犬は35〜50㎏。生涯で2度秋田犬を飼ったヘレン・ケラーから、自宅に「マサル」を迎えたフィギュアスケートのアリーナ・ザギトワ選手まで、海外の愛好家も少なくない。

秋田犬の里

知られざる秋田犬のルーツにも迫る!特別社員は虎毛の誉

さて、最初に訪ねるのは観光交流施設〈秋田犬の里〉。レトロな建物はハチ公が主人を待ち続けた大正時代の渋谷駅舎をモデルにしたものだ。館内に入ると、事務所の窓口から虎毛の子がぴょこんと顔を出している。彼女は誉(ほまれ)(3歳)。毎朝、飼い主の藤川琴里さんと出勤し、窓口で来館者に挨拶したり、館内展示室に登場したりと大活躍。

「性格は明るくて朗らか。仔犬の頃はナイーブなところがあったのですが、知らない人に会ってもストレスを感じないようトレーニングしたんです。難しいのは心の育て方。苦手な場所にも少しずつ馴れさせ、そのたびにいっぱい誉めました。人と仲良くすると嬉しいことがあるんだよ、って」

そうなのだ。飼い主にはきわめて忠実な秋田犬だが、誰とでも仲良くなれるわけではない。そんな秋田犬の歴史を教えてくれたのは、館長の佐藤和浩さん。

「秋田犬の祖先はマタギ犬。東北のマタギが育て、熊猟をする時に連れて歩いた中型の山岳狩猟犬ですね。強い忠誠心は、主人のために獲物を追い込み、主人を敵から守るためにだけ発揮されたものなんです」

熊にも立ち向かう勇敢な彼らに変化が起きたのは江戸時代。当時の秋田地方を治めた藩では、藩士の闘志を養うべく闘犬が行われた。藩主の望みは、マタギ犬と土着犬を交配させ、より強い犬種を生み出すこと。明治になっても闘犬人気は衰えず、樺太犬(からふといぬ)や土佐犬(とさいぬ)との交配が続いたそうだ。

「当時は“秋田犬”ではなく“大館犬”(おおだていぬ)と呼ばれていましたが、明治中期になるとジャーマン・シェパードなど外国犬種との交配も行われます。こうして生まれたのが屈強すぎる大型犬。例えばこんな姿です」

と見せてもらった写真にびっくりする。立ち耳でも巻き尾でもなく、私たちが知る愛らしい秋田犬とはまったく違う風貌だ。

「この後、どうやって“本来の秋田犬”に戻ったのかは、〈秋田犬会館〉の博物室を訪ねるとよくわかりますよ」

そう話す佐藤さんに聞いてみた。“本来の秋田犬”とは、マタギ犬のこと?

「それも一つですし、さらに遡った縄文時代の犬もルーツといえるでしょう。太古の日本で、すでに犬は人と暮らしていた。日常的に動物を狩っていた人間が、なぜ犬だけは獲物にしなかったのか。それはパートナーとして特別な存在だったからでしょう。人に尽くし人と共生する縄文犬の特性を、強く残しているのが秋田犬なんですね」

秋田犬会館

秋田犬界隈の人気者くろぎんコンビに会いたくて

「長らく大館犬と呼ばれていた秋田犬ですが、昭和6(1931)年に日本犬で初めての天然記念物に指定された際、よりポピュラーな地名で、かつ“秋田県”と区別するために、“秋田犬”と申請したんです」と〈秋田犬会館〉理事・事務局長の庄司有希さん。

館の1階は〈秋田犬保存会〉、通称「あきほ」の本部。犬籍管理や血統書の発行を担う、いわば犬の市役所だ。ここで会えるのは赤毛の銀(6歳)、虎毛のくろべえ(7歳)。虎毛のスバル(4歳)がいることも。様子を伝えるTwitterはフォロワーが14万人を超え、事務所はファンレターやファンアートでいっぱいだ。

午後になり、銀とくろべえはお散歩タイム。モコモコのお尻をふりふり歩く“くろぎん”コンビに、「尾巻よし、歩様よし、被毛の毛吹きよし」と、さっき秋田犬会館で見かけた誉め言葉を口に出してみる。と、その時、遠方にとある犬の姿を認めた銀が、低い声で唸り、ガウガウと吠えだした。

「仔犬の時によその犬に嚙まれてね。そういうのは絶対忘れない。普段は優しいけど喧嘩を売られたら黙っちゃいないし、犬なりに筋の通らんことには従わないんです」

そう話すご主人を見上げつつ、嫌いなものを嫌う自由も秋田犬の矜持なのである、みたいな表情で悠然としている銀。マイペースで頼もしいぞ、と感心しつつ秋田犬会館への帰路に就く。

館の3階には秋田犬博物室があり、秋田犬の歴史や特徴、犬を描いた浮世絵や海外の秋田犬事情など、興味深い資料がずらり。

「秋田犬保存会ができたのは昭和2(1927)年。明治から大正時代の間に雑種化が進んでしまった大館犬の繁殖改良を進め、天然記念物指定を目指そうと、大館町長が立ち上げた団体です。設立して4年で9頭の犬が指定を受けたほか、その翌年には忠犬ハチ公の話が『いとしや老犬物語』として新聞に載り、大きな注目を集めました」

こうして人気も知名度も上昇した秋田犬だが、太平洋戦争が始まると、毛皮を採る目的で捕獲されたり供出を余儀なくされたりと、個体数が減っていく。猟師小屋に隠されていた犬もいたそうだが、戦後に残った血統書付きの秋田犬はわずか十数頭。

「その十数頭をもとに進められたのが、中型のマタギ犬を先祖とする“本来の秋田犬”を増やすこと。外来犬の特徴を減らして昔の姿に近づけるために、逆交配(戻し交配)を続けました。現在の秋田犬は、立ち耳・巻き尾といった明治以前の姿や風貌に戻りつつも、体のサイズだけは、大型化した時の特性がキープされた状態です」

やっぱり、この巻き尾が秋田犬のチャームポイントですからね、と庄司さん。

「元が狩猟犬なので、雪の中でも主人に“僕は元気だよ”と伝わるよう、尾がくるんと立ってるんです。足が太くて長いのも、積雪を踏みしめて歩くためでしょう」

なるほど……と、真っ白な雪の中で尻尾を立てるけなげな姿をうっとり想像しちゃったところで、次に訪ねたのは3月でもまだ雪の残る〈森吉山阿仁スキー場〉だ。

秋田犬会館の秋田犬
秋田犬たちの日常をYouTubeで配信中。散歩の動画もあり。

森吉山阿仁スキー場

雪山の看板犬、北斗。父さんと一緒の時は触れ合いもOKです

冬は日本三大樹氷といわれる樹氷群、春は新緑、秋は紅葉。美しい景色が年中楽しめる森吉山は、大館市中心部から車で約1時間。シーズン最後のスキー客で賑わう中、さっそくゴンドラの山麓駅へ向かう。ここで待っていたのは、やんちゃだけど従順な看板犬の北斗(6歳)。スキー場支配人・吉田茂彦さんの愛犬だ。

秋田犬の北斗と飼い主の吉田茂彦さん
横顔の凜々しさにほれぼれしちゃう北斗(右)は6歳。スキー場支配人・吉田茂彦さんにとっては唯一無二のバディ。

北斗が3ヵ月の時に飼い始め、毎日スキー場へ連れてきていた吉田さんは、スキー客と北斗の触れ合い体験ができたら、と考えた。すぐに獣医師の講義を受け、愛犬飼育管理者の資格を取り、県の展示許可を得たそうだ。

それから6年。北斗は毎朝吉田さんの車で出勤し、駅舎入口のゲージでごろごろ寝そべりながら、訪れる客たちを出迎える。散歩の時間には雪の中へ一目散。ゲレンデを降りてきた老若男女から次々に「ほくと~」と声をかけられる人気者だが、その姿を眺めていると、凜々しい横顔がずっとご主人を追いかけていることに気づかされる。

「そうなんです。守ってくれているのか寂しいのか、ずっと見てるでしょ?僕が車の方へ行くたび心配顔になるし、ゲージに残したまま出かけると、しょんぼりした声を出して悲しがっている。まあ、朝から夜まで一緒だし、遊びにも旅行にも連れていきますから、僕への愛情は明らかに特別。自分にとっても子供のような存在です」

そんな2人の関係に、秋田犬が生涯1人の飼い主だけに忠実な「ワンオーナードッグ」と言われることを思い出す。

ふるさわおんせん

温泉宿のアイドル温と華。ゆっくりと親交を深めたい

さて、東北だもの、旅の締めは温泉宿でくつろぎたい。大館市へ戻り、温(はる)(6歳)と華(はな)(4歳)の母娘が迎えてくれる〈ふるさわおんせん〉へ。オープンは昭和48(1973)年。

芒硝泉という、全国でも珍しいアルカリ性硫酸塩泉で有名なのだが、何しろ宿のガラス戸を開ければ、もうそこに温と華が座っているのである。「わーん、かわいい~」と駆け寄りたくなるのをぐっとこらえ、自分自身に“待て”を課す。

秋田犬の温と華
「誰か来た!」と玄関先で待機。

「まずは、温と華にお客様のにおいを嗅がせてください。しっぽを振りだしたら心を許した合図なので、なでても一緒に写真を撮っても大丈夫。彼女たちは館内のお客様や家族を守るために、新しく来た人が危険な動物じゃないかを気にしているんです」

と代表の小林薫さん。犬が人に馴れるまでの時間を十分作ることで、信頼関係を築き、犬のストレスにならないようにしているという。そうやって挨拶を交わしたら、そろそろ散歩に出る時間。温は薫さん、華は薫さんの姉の佐々木桂さんが連れていく。

今日の行き先は宿の裏にある原っぱだ。廃線になった大館・小坂鉄道のレールが残っていて、目の前には大館のシンボルでもある鳳凰山。レールの上をひとしきり歩いたら、華はぴたりと止まって気持ちよさそうに目を閉じ、温はその姿を見守っている。

「風のにおいを嗅いでいるんです。風上に何か動物がいないかなって」

この表情たまんないでしょう、と薫さん。

「目の下が黒いからか、よくユニークな顔だと言われるんだけれど、私にはね、めんごくてめんごくてしょうがないんです」

促されて見てみると、華の耳がこっちを向いてパタパタパタ。ちゃんと人の話を聞いていて、喜んでいるのだという。

「温はお母さんだから落ち着いてますね。でも飼い始めのころ、私が病気をして姉の家に預けたことがあったんです。そしたらご飯を食べなくなっちゃって、3日経ってもまだ食べない。私の車を探して外を見続けていると聞いて、必死で熱を下げて迎えに行きました。いじらしかったな……」

ちょっと胸が熱くなる話とともに宿へ戻り、温泉に浸かりながら、出会った犬たちを思い出す。躊躇なく甘えてくれる人懐っこい子もいたけれど、秋田犬の根っこに感じたのは、律儀で敏感で誇り高い縄文犬や狩猟犬のDNAだった。主人や家族を守ろうとする気持ちは強く、それ以外の人に無条件で懐いたりはしない。だからこそ、ふさふさの毛をなでさせてくれた時のうれしさはひとしおで、また会いに来よう、といつかの8の日に思いを馳せるのだ。

右から〈ふるさわおんせん〉代表の小林薫さん、温、華、佐々木桂さん。
「私たち、映画のスタンド・バイ・ミーみたいだね」。右から〈ふるさわおんせん〉代表の小林薫さん、温、華、佐々木桂さん。