古き日本人の暮らしでも、日本の原風景でもない、ニッポンの未来を見に
秋田県北部、人口2500人余りの上小阿仁村。その最も奥地にある八木沢集落。8世帯19人が暮らす小さな集落に、昨年、9000人もの人が訪れたという。『KAMIKOANIプロジェクト秋田』(2012年7月29日〜9月17日)。秋田公立美術大学の准教授であり、自身も美術作家である芝山昌也さんの呼びかけにより、新潟県越後妻有で3年に1度開催される国際芸術祭、『大地の芸術祭』の飛び地開催として実施されたアートプロジェクトだ。
マタギなどの狩猟文化が残る八木沢集落を舞台に、集落内の蔵や、刈り取った稲を干す「はさがけ」の風景、廃校となった旧八木沢分校の教室など、集落に残るものを活かしてアーティストたちが作品を制作・展示したほか、棚田に作られた舞台で伝統芸能を上演するなど、村で守り継がれている文化にも光を当てたこの試みは、過疎化が進む村に確かな種をまき、いよいよ土からその芽を起こさんと、今年の開催が決定した。
冬は訪れることすら躊躇われるほどの豪雪地域ながら、春から秋にかけての穏やかな空気に誰もが郷愁を抱く上小阿仁村の里山風景。“取り残された”というネガティブが“奇跡的に残っていた”とポジティブに転換されたとき、そこにある風景も文化も、そこに暮らす人々も突如として輝き始める。
「アートプロジェクトの一環ですが、KAMIKOANIプロジェクトって“アート”って言葉がついてないので、音楽とかカフェとかさまざまな要素が混ざって、最終的にはうまく僕たちの手を離れて浸透すればいいなと」
ディレクターの芝山さんが語るように、“ポジティブな転換”のための材料はアートでも音楽でもなんでもよい。しかしそのためには、必ずよそ者の目線が必要なはず。芝山さんのアクションが『KAMIKOANIプロジェクト秋田』として昇華される以前にも、上小阿仁村に新しい風を吹かせたよそ者たちがいた。
人口減少や高齢化等の進行が著しい地方に、地域外の人材を積極的に誘致し、その定住・定着を図る総務省のプロジェクト「地域おこし協力隊」の一員として、2009年にこの村にやってきた桝本杉人さん(滋賀県出身)、水原聡一郎さん(神奈川県出身)の2人だ。
現在はその任期を終えるも村に残ることを選択した2人は、KAMIKOANIプロジェクトの陰の立役者でもある。そもそも「地域おこし協力隊」という仕組みを知り、村への受け入れを希望したのは、八木沢集落自治会長の佐藤良蔵さんだ。
「若い人がいなくてどうなるかと思っていたときに、こんなありがたいことはない、と村にお願いした。桝本さんと水原さんが来てくれてほんとうに良かった。八木沢に新しい風が吹いて、とても感謝しています」
現在は地域活性化応援隊として活動する桝本さんと水原さんの2人は、後継者難で1989年以来20年以上途絶え、復活は無理だと思われていた八木沢集落の伝統芸能「八木沢番楽」を地元の古老や中学生たちと共に復活させた張本人でもある。
「上小阿仁村、特に八木沢は過去と未来が混在してる。昔ながらの暮らしがあると同時に、少子高齢化が進んでいくという意味で、何年後かの日本の姿でもある。僕はここに住んでる人々の、自然とありのままに向き合って、逆らわず生きていくっていう当たり前の暮らしが、これからすごく大事だなあって思う。いま僕はこの村に入って、もう一回日本人として生き直させてもらってる。日本人としての心がここで養われてるなって思うんです」(水原さん)
日本一、少子高齢化が進む秋田県。そのなかでもさらに条件の良くない上小阿仁村でスタートした『KAMIKOANIプロジェクト秋田』が、村にもたらし始めた幸福は、どうしたって人口減少が進む日本の未来の、最も近くにある一つの回答だ。
その背景には、自然を受け入れるがごとく若者を受け入れ、自分たちの力で村をポジティブに転換させようとした村人たちと、美しき村の魅力に引き寄せられた若者たちがいる。7月には、桝本さん・水原さんの後を継いで、新しい地域おこし協力隊員の河原㟢彩子さん(京都府出身)もやってきた。
この夏の上小阿仁村への旅は、ただアートを感じる旅ではない。日本の原風景の向こうに、ニッポンの未来を見るための旅なのだ。
YAGISAWA
たった19人の集落が、アートの力で賑わう66日間
八木沢マタギ最後の一人と言われ、2009年に84歳で惜しくも引退した佐藤良蔵さんが自治会長を務める八木沢集落は、『KAMIKOANIプロジェクト秋田』のメイン会場。のどかな里山の風景にさまざまな作品が設置される。
また、地域活性化応援隊メンバーの住まいにもなっている旧八木沢分校では地元食材メニューが人気の〈八木沢カフェ〉が期間限定でオープン。作品展示プラス案内所的な役割も。
OKITAOMOTE
上小阿仁村の中心は、土地に根ざした文化の拠点
今年からスタートしたアーティスト・イン・レジデンス(滞在型の作品制作)の拠点施設となる旧沖田面小学校がある、上小阿仁村の中心地区。
79歳の加藤隆男さんがいまもなお自ら文字を組み、活版印刷で刷り上げる『上小阿仁新聞』は村に欠かせない情報源。時代に流されずに生きる村の人々の象徴だと、加藤さんが組文字を持つ手を写した写真が今年のプロジェクトのポスターに起用された。
上小阿仁村の旅の情報
総人口、面積、人口密度:2,521人、256.82㎢、9.8人/㎢(2013年6月)
歴史:1889年の町村制施行により、9つの村が合併し発足。平成の大合併の折は、鷹巣阿仁地区の5町村での協議が行われたが、合併によるメリットは一時的なものだと離脱。
交通:大館能代空港から車で約25分。秋田駅から車で約70分。秋田空港から車で約90分。
宿泊:沖田面集落にある〈高橋旅館〉。その他、萩形キャンプ場にはバンガローなど。
食事:上記宿泊施設ではきりたんぽ鍋が食べられるほか、〈道の駅かみこあに〉では村の特産品フルーツほおずきや、コハゼ(ブルーベリーと同じ属科。ナツハゼともいう)の実を使ったスイーツも。その他、山菜も豊富。
見どころ:小阿仁川での渓流釣りや、萩形ダムの紅葉が人気。村の南に聳える標高1,171mの太平山は、11の登山コースが充実。
メモ:2月には下帯姿の若衆による裸参りや、子供たちが五穀豊穣を祈る鳥追い。3月には小高い丘に祈りの灯をともす万灯火が。