線をなぞり、日々を写す
アーティストでマンガ家の近藤聡乃さん。2002年に発表された、「たま」の楽曲「電車かもしれない」のために自主制作したアニメーションPVが大きな話題を集め、恋人・友人・家族の間で揺れ動きながらなかなか答えが出せない“えいこ”を主人公にした代表作マンガ『A子さんの恋人』では、泣いて笑って共感するファンが続出。
近藤さんが初期から描いてきた「主人公の女の子が憧れる女の子」をモチーフにしたという、おかっぱ頭の「英子(えいこ)ちゃん」というキャラクターを知る人も多いのではないだろうか。形は違えどアニメーションにもマンガにも絵画にも通底する、虚実の境がわからなくなっていくような不思議な世界観に一度ハマったら抜け出せない。
近藤さんがニューヨークへ渡ったのは2008年のこと。文化庁の海外研修制度を利用し、当初は1年間の滞在予定だったものの、「行ってすぐ居心地がいいなと思ったんです。肩の力が抜けるというか。これは1年ではもったいないだろうと思ってすぐにビザを取る準備を始めました」と、近藤さん。ニューヨーク生活は今年で15年目に突入した。
そんなニューヨークでの日々を綴った『ニューヨークで考え中』が昨年、連載10周年を迎えた。「この半年は、展覧会の制作のために部屋に閉じこもっていました」と話すのは、単行本第4巻の発売に合わせて、現在ミヅマアートギャラリーで開かれている個展のことである。
『ニューヨークで考え中』は、コロナ禍の暮らしや、トランプ氏の2度目の大統領選挙、ロシアのウクライナ侵攻などの社会的な出来事と、猫を飼い始めたことや、自宅の水漏れ騒動などの個人的な出来事を等価に、一つのエピソードにつき見開き2ページで描くコミックエッセイだ。
連載を通して、マンガの資料となる写真を撮ることが日課になったという近藤さん。個展には、マンガ原稿とともにマンガをもとにしたドローイング作品も展示されていた。普段マンガを描くときには下描きを原稿用紙にトレースする技法をよく使うが、今回初めてドローイングにもトレースを用いたのだという。
「私の作品は線が特徴だと思っているのですが、トレースするということは、物の輪郭線をなぞって線に起こしていくという作業。その作業に自分の個性が出るのと同時に、写真という現実をトレースしているので、やはり現実感も画面に出てくる。“なぞる”ことで、現実と“考え中”である自分自身の両方が表れてくると思うんです」
主人公とともに年齢を重ねる
そう、面白いのは、マンガのタイトル通り「考え中」であって、何かの答えを出そうとするものではないことだ。コマ割りにしても、四角いコマが淡々と描かれ(コマを飛び出すような見せ方はしない)、どこかの誰かの日常であることをさりげなく伝えるよう。そこにセリフが手書きで書き込まれているためか、ちょっぴり温もりを感じるのが絶妙なバランスだと思う。
「手書きの文字はデビュー当時から使っているんですが、それは、写植にする前に早く友達に読んでもらいたかったから。写植にするには鉛筆で書かないとならないのですが、そうするとコピーしたときに見えなくなってしまうので、ペンで手書きすることに。最初はそんな理由だったのですが、私の手書き文字が好きという声もだんだんと寄せられるようになって、続けたほうがいいなって。
あと、私は今年で43歳になるんですけど、文字の横棒を引くときに線が震えるようになってきて……年齢による背中の筋力の衰えらしいんですが。このエッセイは自伝でもあるので、もっと年をとったら文字もボロボロになるのかも(笑)。でも、その変化を見せるという意味でも面白いかなと思っています」
マンガもドローイングも、端に日付が記されていることにも注目したい。「その日付から、自分はその日どこでどう過ごしていたかな?と考えてもらえたら嬉しいですね。違う国にはこんな生活があったんだな、とも感じてもらえるかもしれません。そうやって、人の時間と自分の時間を照らし合わせて見てみると面白いと思います」
また本展では、構想中だという新作アニメーションのイメージスケッチの数々も。これまで近藤さんの作品は、モノクロや1、2色のカラーを使ったものが多かったが、それとは対照的に色彩にあふれている。
「日本にいる時は無自覚のまま、肌の色を塗らずに紙の色のまま(白)にしたり、白で塗っていたんです。でも、アメリカでの暮らしが長くなって、肌をどう表現するべきなんだろうと考えるようになって。白ではなく、自分のアイデンティティとして、アジア人としての肌の色を塗ろうと考えるようになりました」
近藤さんは現在もこれからも、ニューヨークで考え中、なのである。変わらないもの、少しずつ変わっていくもの。ここで起きていること、ここではないどこかで起きていること。そんな日々に改めて目を向けてみたくなる。会期は8月12日まで。