『挨拶横取り』
自分に挨拶されているのかと思ってリアクションしたら、後ろの人に向けたものだった。
淡い桃色の恋心は、真っ赤な恥によって打ち砕かれた。その瞬間は、いつものオフィスの廊下で突然訪れた。数ヵ月前から気になっている隣の部署の先輩が、廊下の向こうから現れた。
かわいらしくてずっと話しかけたいと思っていたが、そのきっかけを掴めずにいた。一直線の廊下で、視界には彼女しかいない。これは千載一遇のチャンスだ。何か声を出そうと生唾を飲み込んだ瞬間、驚くべきことが起こった。
まさか!彼女の方から、こちらに手を振っているではないか。大好きな、かわいらしい笑顔で。私は、ありえない状況のど真ん中に突然放り込まれたことによって、喜びと戸惑いを隠さずに、反射的に右手をあげていた。
夢のような時間を噛み締めようとした、その時、彼女の目線が泳ぎ、戸惑っているのがわかった。わたしはそこで僅かに冷静さを取り戻し、疑いをもって、自分の後ろを振り返った。手を振った相手も、笑顔を向けていた相手もわたしではなかったのだ。勝手に期待をした自分が馬鹿だった。
もう廊下に逃げ場はない。考え方を変えよう。これまで全く彼女の印象に残っていなかったかもしれないわたしは、強烈な、そしてキテレツな印象を相手に残すことができたはずだ。「おつかれさまです〜」と苦笑いでもいいから、チャンスとばかりにひと言捻り出そう。