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中川諒「赤恥研究所」#7:思い込みが強すぎて、トラブル回避を諦めた自分に気付かされたとき

日常に潜む、赤っ恥な場面をどう切り抜けるか。あなたの人間力が試されるときです。「恥」をポジティブに捉えることができれば、人生を切り拓くキッカケにもなるのです。人生のカンフル剤に、あなたはちゃんと向き合えますか?前回の「ドッペル服ゲンガー」も読む。

text: Ryo Nakagawa / illustration: Kaori Asamiya

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『ひらかないゴマ』

開かないガラスドアの前に立つ男性

「ひらけゴマ」。わたしは何度か、心の中でそう唱えた。しかし目の前のガラス扉は一向に開こうとしない。立派なオフィスビルなのに何かの故障だろうか。前に出たり、後ろに下がったり、手を大きく振ったりとしてみたが、開く気配はない。これでは自動ドアとは言えないじゃないか。

ところで、この「ひらけゴマ」という呪文。みなさんご存じの物語、「アリババと40人の盗賊」に出てくる呪文を、時と国を超えて、わたしがいま自動ドアの前で使っているとはなかなか感慨深い。時空を超えて残る言葉には、それなりの魔力があるのかもしれない。

ちなみになぜ「ゴマ」なのかと、一度調べたことがある。農民がゴマの鞘が開く収穫を待ち望んでいたからなど諸説あるらしい。どうもゴマに「開く感じ」はしない。「ゴマ」だから扉が開かないのでは?

などと、わたしはそんなことを考えながらも扉の前をウロウロ、手足を振り回していた。すると、ガラス扉の向こうから若い女性がこちらに向かってきた。わたしは「この扉、故障ですかね?」と同意を求める顔で彼女を見つめると、彼女はいとも簡単にそのガラス扉を開けた。手で。その扉は、手動だった。

この世界には残念ながら「姿を消す呪文」も「時間を巻き戻す呪文」も存在しない。今更どうすることもできないのだ。開けてもらったことで、結果的に「自動ドア」になったということにして、堂々と扉をくぐろう。ゴマの呪文には効果があったのだ。

最後に開けてもらったその人の前で「ひらけゴマ」と唱えてみれば、多少の笑いとともに、恥ずかしさをゴマかすことはできるかもしれない。呪文には、不思議な魔力があるのだから。

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