観たことのないお笑いをやっていた
布川ひろき
〈ヤーレンズ〉を初めて見かけたのは、まだコンビ名が〈パープーズ〉の頃。現役高校生が審査員だった関西の賞レース『MBS漫才アワード』の大楽屋だと思う。〈パープーズ〉は当時大阪で活動していたし俺らと接点はなかったけど、『THE MANZAI』認定漫才師の番組に出ていたことがあったから、一方的に存在は知ってた。
楢原真樹
高校生ってたいてい何でも笑ってくれるのに、当時〈トム・ブラウン〉だけはゼロ笑いでしたよね。信じられないくらいスベっていた(笑)。でも、大阪では観たことのないお笑いをやっていたし、何よりめちゃくちゃ面白いと思ったんです。相方(出井隼之介)とも「スゴかったな」という話はしていて。そのとき「〈トム・ブラウン〉と〈アリ☆こうた〉は面白いから覚えておこう」と携帯にメモしたんですよ。
上京後に事務所を探すことになるんですけど、まさかその2組がいるところに入れるとは。勝手に、運命なのかなって思いましたもん。入所が決まってから地下ライブでちゃんと共演したとき、当時のことは伝えましたよね?
布川
うん、覚えてる。気分が良かったよ(笑)。
楢原
僕たちが事務所に入りたてのときも、布川さんは“男気”の人なので、僕らが早く周囲に溶け込めるようにいろいろ話しかけてくれたのを覚えています。
布川
楢原とは、気づいたら一緒に飲むようになってたね。自然と仲良くなっていったんだと思う。でも楢原は事務所に入ってきた頃と比べると、“話しかけても大丈夫オーラ”が増したよな。心のトゲがなくなり、髪だけとがるようになりました。
楢原
うまく着地したなあ(笑)。布川さんは、本当に良くしてくれるんですけど、みんなにいい顔するから嫉妬しちゃうんですよね。どんなに売れても天狗にならない、地下ライブの面々からも大人気の、みんなのお兄ちゃんなんで。
布川
地に足着けていたい質(たち)なだけだよ。そういえば、楢原たちが事務所に入ってきた頃、みんなでよく「さくら水産」に行ったな。みんなお金がなかったから、ほぼ50円の魚肉ソーセージだけで粘るという。
楢原
お店のお通しもカットしてましたからね。僕ら最低な飲み方をしてました。
布川
本当に。でも、関係性はその頃からずっと変わってないね。
楢原
はい。もう激安店に行かなくなったくらいです。
僕らって似てるのに、真逆
楢原
最近気づいたんですけど、僕らって得意分野が似てるのに、方向性が真逆だから面白いですよね。例えば僕らも〈トム・ブラウン〉も漫才で世に出て、ラジオがめっちゃ変。でも、〈トム・ブラウン〉の漫才は、一見無茶苦茶に見えて、実はボケにちゃんと理由がある。
意味が分からない理由なんだけど、二人のなかではちゃんと理屈が通ってるんですよね。でも、我々のネタはボケに理由はなくて、純粋に面白いと思ったことしか言ってない。これって見た目からしたら逆じゃないですか。
布川
言われてみたら、そうかもしれない。
楢原
〈トム・ブラウン〉と〈ヤーレンズ〉って、同じ事務所で同じように好きなことをしているのに、アウトプットが全然違うから面白いなって思います。こんなに違いがある2組が、一緒に何かやれたら面白いんじゃないか……って、想像していつもワクワクしてます。改めて、〈トム・ブラウン〉と同じ事務所で良かったなと思いますよ。
布川
俺らも〈ヤーレンズ〉がいるとサボれない感じはある。別に、俺らがちゃんとやらなくても楢原は何も思わないだろうし、監視されているわけでもないんだけど。「あ、布川さんやらないんですね?」「もう上がった人たちなんですね」って思われそう……とか考えちゃう(笑)。それが嫌だから、頑張れるってのもあるかな。
楢原
あはは。〈トム・ブラウン〉とか、事務所の先輩である〈オードリー〉さんがちゃんと頑張ってくれているから、僕らが好きなことをやらせてもらえている感覚はありますけどね。
あと、ネタを見せ合うとき、布川さんに対しては「そんなところを見るんだ」「この人なりにこういうルールがあるんだな」「逆にこういうところは全然気にならないんだ」と毎回いろんな発見があります。お笑いに関しては、毎回〈トム・ブラウン〉に刺激をもらっていますね。
布川
楢原は、このネタは漫才として成立してるかどうかについて話すとき、他の人と違うところを指摘してくれる気がするな。俺らのことを「面白い」とか「めちゃくちゃだけど、意外と筋あるよね」と言ってくれる人はありがたいことに結構いて、特に関西の人が多いんだけど。
それは、営業やライブでネタをする前に、楢原が「漫才だったらこうしなきゃいけないんじゃないですか」と根っこのところを指摘してくれて、事前に俺らが直しているからだと思う。楢原のアドバイスを取り入れると、お客さんの反応が良くなるんだよ。
楢原
大阪出身の僕の意見としては、関西の人は〈トム・ブラウン〉みたいなハチャメチャな漫才を見たことがなかったんですよ。「これ、どういう理屈なんだ!?」って、みんな衝撃を受けたはず。カッコいいなあ。
布川
そう?恐れ多いけど、悪い気はしないね(笑)。
お笑いはキモいのが一番
楢原
〈トム・ブラウン〉の漫才って、パッと見「何やってんだよ」という変なことをしているだけのネタに見えると思うんです。でも、実はその「何やってんだよ」だけを面白がってほしいコンビじゃないからいい。
誤解を恐れずに言うと、その手のお笑いをしている人って、変なことをしている様(さま)を笑ってほしいだけのパターンが多いけど、〈トム・ブラウン〉からは「このネタのここが超面白いんだけど!」という、本人たちの明確な意思が感じられる。だから僕はめっちゃ好きだし、尊敬してますね。
布川
なるほどね。そう思われているのは嬉しいね。
楢原
〈ランジャタイ〉もそう。僕、〈ランジャタイ〉のネタの本質は分かってないかもしれないけど、国崎和也くんってめっちゃ頑張って自分が面白いと思う世界を伝えようとするじゃないですか。
その一生懸命な様がかわいいし、「それが伝わったらどうなると思ってんの?」「それを伝えてどうしてほしいの?」って、観ながら考えてしまうおかしみがある。〈トム・ブラウン〉も「こういうことがあって、こういう事象に発展したら面白くない?」という図を力を込めて伝えてくれるんで、すごくいいなって思いますね。
布川
それで言うと〈ヤーレンズ〉は昔から面白かったけど、最近は楢原の人間味が出てるのがいいね。前までは、どちらかと言えば出井(隼之介)ちゃんから少しにじみ出てるくらいだったけど、最近は楢原のほうから出てる。楢原って、もともと気持ち悪いヤツだからいいんだよね。それがよく表れてると思うよ。
楢原
それ褒めてる?
布川
褒めてるよ!お笑いはキモいのが一番いいんだから!〈ヤーレンズ〉と同じように漫才コントをする人たちはたくさんいるし、ネタ中に人間味を感じるコンビも多いけど、大抵はそこまでキモくはないからね。
楢原
うーん、布川さんに言われてもな〜。絶対〈トム・ブラウン〉の方がキモいしな〜(笑)。
布川
いやいや、ウチはパッと見のキモさだからね。楢原には根っからのキモさがあるから。でもそれを漫才コントで出すって、結構難しいことだと思う。しかも、キモさを全面にアピールしたボケなら分かるけど、君らの場合はちゃんとみんなが面白いと思うボケなのに、キモい。これ、なかなか難しいから!
楢原
それ、あなたしか言ってないから(笑)。
布川
そうだろ?俺だけが気づいてんだよ、お前の真のキモさに(笑)。けど、真面目な話、漫才コントに人間味を落とし込めているのってすごいこと。そういう人たちって、あまりいないと思うよ。
2人が選ぶ互いのベストネタ
選者:布川ひろき
『引っ越しの挨拶』ヤーレンズ
『M‒1グランプリ2023』でも披露された漫才。引っ越しの挨拶に来た出井が、楢原扮する大家に翻弄される。
「M‒1前に観たときは何かが足りない気がして心配だったけど、1カ月後にはネタが生まれ変わっていて“これなら行ける”と確信しました」
選者:楢原真樹
『動物の能力』トム・ブラウン
“超音波を発して目的地に辿り着ける”というイルカの能力を自分も持っていると豪語するみちおが、実際に披露する漫才。
「オチが“失敗”というのが分かりやすくて好き。観るたびに“こんな笑いも肯定できる人たちなんだ”と懐の深さに安心します」