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テーマは「待つ」こと。水野良樹×橋本愛「ただ いま」が生まれるまで

いきものがかりの水野良樹さん主宰のプロジェクト、〈HIROBA〉。彼がリスペクトするアーティストを招いて作られた初フルアルバム『HIROBA』には、俳優の橋本愛さんが詞と歌で参加した楽曲「ただ いま」が収録されている。「待つこと」がテーマだというその曲について、水野さんと橋本さんに話を聞いた。

photo: Megumi Seki / styling: Naoki Sakuyama (Mizuno), Mayu Takahashi (Hashimoto) / hair&make: Wataru Naito (Mizuno), Yumi Narai (Hashimoto) / text: Keisuke Kagiwada

待ちつ待たれつ、「待つ」ことをテーマにした楽曲を共作

水野良樹

僕は今回のアルバム制作と同時進行で、小説を執筆していたんですね。その小説を書く一つのきっかけとなったのが、哲学者の鷲田清一さんの『「待つ」ということ』でした。この本にもありますが、今は「待つ」が当たり前ではなくなった時代だと思うんです。実際、誰とでもすぐに連絡できるし、ネット検索すればわからないことはすぐわかるので。

一方、コロナ禍では行動を制限され、家の中でいつ終わるともしれない「待つ」を強いられもしました。そんなこともあって、「待つ」は小説のテーマとして深みがあるなと。一方で、プライベートで自分の育った実家を売る経験をしたことがあって、誰かの思い入れのある場所に別の誰かの人生が折り重なっていくのは不思議だなと思って、この2つのトピックを掛け合わせた小説を書いていたんです。

そんな時、NHKの番組『言葉にできない、そんな夜。』で橋本さんと共演して、言葉に対する感受性の鋭さに感動して。ぜひこの小説を題材に歌詞を書いてもらおうと、依頼する際にまずそのプロットと、『「待つ」ということ』を渡したんですよね。

水野良樹主宰のプロジェクト〈HIROBA〉に橋本愛が歌と作詞で参加
水野良樹

橋本愛

そうですね。私は小説のプロットを読んで、まず物語の全貌を見渡してから、『「待つ」ということ』を読みました。私には明確な目標というか、夢があって、それについてはもう本当に長い間ずっと待っているんですね。もちろん、何もせず待っているのではなく、そのためにいろいろ行動もしているんですけど。だから、“ずっと動いている状態の「待つ」”が私の中にはあると、鷲田さんの本を読んで思いました。

「ただ いま」の詞は、そんな待っている自分だからこそ出てくる言葉があるんじゃないかと思いながら、書いていた気がします。とは言いつつも、自然発生的に出てきた言葉に任せた部分が大きいんですけど。ただ、水野さんの小説や鷲田さんの本をそのまま歌詞に落とし込みたくないとは思っていて、自分なりに感じたことを付け加えるように心がけてはいました。

水野良樹主宰のプロジェクト〈HIROBA〉に橋本愛が歌と作詞で参加
橋本 愛

水野

第1稿を読んだ時、その感じはすごく伝わってきました。橋本さん自身の考えはもちろん、これまで演じてきた役柄を通して感じたことも含めて、きっと混ざっているんだろうなって。

橋本

たしかに、思い返すと私は「待つ女」ばかり演じてきたんですよ(笑)。この歌詞を書き始める少し前に演じた、三島由紀夫原作の舞台『班女』の花子もそうでした。当然そういう経験は、歌詞の中に息づいていると思います。

水野

『週刊文春』の書評連載では、花子を通して『「待つ」ということ』について書いていましたよね。あと、お互いに申し合わせていたわけではないですが、「待つ」から少し発展して「回っていく」ことも、歌詞のキーワードになっていきましたよね。一つの人生が、季節が巡るようにして同じところに戻ってくる。僕はそこに救いがある気がしていて。

実際、悲しいことを乗り越えなきゃいけないとき、「また春が来たな」と、ちょっと気が楽になることってあると思うんですよ。そういう感覚も、歌詞には落とし込まれているのかなと思いました。

橋本

実は私、去年の初めの頃、すごく苦しんでいたんですよ。それは未来のことばかり気にしてしまっていたから。「待つ」はどこかで「いま」を無視して、未来に向かっているんですよね。その苦しみから抜け出すために必要だったのは、「いま」に集中すること。

結果として、不安が一切なくなり、快適な状態に戻れました。だから、鷲田さんの本の中で、「いま」に戻るのも「待つ」の一種だと書かれていたことにとても共感して、それを書きたいと思ったんです。

「待つ」ことの解釈とタイトル、作詞のプロセス

水野

その思いが、タイトルの「ただ いま」へと結実するわけですよね。改めて、すごいタイトルだと思います。

橋本

タイトルは、ずっと仮でしたよね。ただ、自分の中では歌詞にない言葉にしたいと、天の邪鬼な気持ちがあって。歌詞では「おかえり」だから、「ただいま」なんてどうかな……あ、「ただ」「いま」だ!と(笑)。

水野

誰にでもわかるシンプルな言葉なのがまず素晴らしいですよね。しかも、その「ただいま」と口にする人には、必ず待っている人がいる。なおかつ、橋本さんのテーマ、「いまをどう取り戻すか」も含まれている。難しいことだけを言うのも、簡単なことだけを言うのも楽なんですよ。でも、両立させてしまうなんて、そうそうできることじゃありません。

「ただ」と「いま」の間に半角スペースを入れるかどうかは、最後まで悩んでいましたけど、そういう含みが明快になったので、入れて正解だと思いました。とはいえ、第1稿は最終稿とまったく別物でしたよね。何度もやりとりをする中で、橋本さんがどんどん削ぎ落としていったので。その過程はとても面白かったし、作り手として、背筋が伸びました。

橋本

第1稿では、書きたいものをすべて書こうと思ったので、長くなってしまったんですよね(笑)。だから、短くする必要があったのですが、最初はどこを削ればいいかわからなくて。

改稿にあたって決定的だったのは、歌詞を1枚の紙に書いた時。全体を見渡すと、いらない部分がはっきりと見えてきたんです。歌詞はスマホのメモ帳に書いていたのですが、スクロールではわからなかったことが、一覧にすることでわかった。俯瞰して物事を把握するのが重要なんだと気づきましたね。おかげで、短い言葉に色々な含みを持たせることの大切さにも気づけて、お気に入りの表現ともさよならできました。

水野

なかなかさよならできるものじゃないから、感心します。「ここは表現が重複している」とか「ここはこの子音の方がいいんじゃないか」とか、橋本さんの赤字入りの歌詞を見た時は、凄腕の編集者と対峙している気分でした(笑)。適当な感想だと見透かされると思ったので、メロディをつけながら必死に返事を書いたのを覚えています。橋本さんは歌詞だけでなく、メロディのイメージも共有してくれましたよね。「手嶌葵さんの『明日への手紙』のような、春の匂いがする曲がいいです」って。

水野良樹さんと橋本 愛さん
水野/ジャケット93,500円(HAAT-ery/MAIDENS SHOP TEL:03-5410-6686)、中に着ているニット39,600円(JOHN SMEDLEY /MAIDENSSHOP)、パンツ71,500円(PHOEBE ENGLISH/MAIDENS SHOP)
橋本/カーディガン46,200円、ドレス56,100円(共にマメ クロゴウチ

楽曲のイメージの共有、往復書簡的やりとり

橋本

水野さんのプロットを読んだ後、自分の中が春に満ちたからなんですけど(笑)、そういうイメージで私が知っていた曲が、「明日への手紙」だったので。

水野

言われた時は、どうしたもんかなと思いましたよ(笑)。僕のイメージの中にも、「明日への手紙」のことはあったんですが、そこに寄せすぎるのもよくないかなと、もう少しメロディアスな方向に持っていきつつ、お互いのイメージをすり合わせていきましたよね。いずれにしても、返信後、「大丈夫だったかな?」と不安になっていると、2日後くらいに返事が来て(笑)。そういうことを1ヵ月半くらい繰り返しましたよね。

橋本

でもそれこそ、待って待たれて待って待たれてっていう水野さんとのやりとりが、往復書簡みたいですごく愛おしかったし、この時間も作品みたいだなって思いながら楽しんでいました。

水野

本当にそうでしたね。『「待つ」ということ』の話に戻ると、あの本で鷲田さんは、「待つ」ことを諦めた先の「待つ」を、延々と論じているんですよね。僕の解釈が正しいかはわかりませんが、創作物にも同じようなところがあると思っていて。もちろん、いいものにしたい気持ちはあるし、そのために頑張るんだけど、ある瞬間、自分たちではコントロールができないものに委ねる時がふと訪れるんですよ。だから、橋本さんと一生懸命やりとりを重ねている時も、どこかで「いいところに収まるだろうな」と、諦めのような信頼のようなものを感じていました。

実際、歌詞と曲を完成させ、レコーディングを経て音源の形になった「ただ いま」を聴くと、橋本さんの歌声……いや、もう橋本さんですらないのかもしれない“この人”が、この声で、この作品を歌っていることの意味が、すべてしっくりくる。僕はこれを待っていたんだと、すごく腑に落ちたんですよ。

橋本

私もコントロールできない何かに委ねることが好きで。だから、この曲に関しても、100%自分の意見を形にしたいわけではなく、水野さんから出てくるもの、2人の間で生まれてくるものを待ちたい。そういう欲求の方が強かったと思います。この曲がなければ、「待つ」ということについて、こんなにフォーカスする機会もなかったし、「待つ女」ばかり演じてきた私が今回は無意識のうちに待たせることもできました(笑)。だから、この「ただ いま」の創作過程も含めたすべてが、私にとっては、『「待つ」ということ』の集大成だと思います。

HIROBA 「ただ いま (with 橋本愛)」
作詞:橋本愛 作曲:清志まれ 編曲:鈴木正人

「あなたさえ いればいい」
「笑っていてくれたら それだけでいい」
願うことすら 叶わない
ぼくにはもう 選べない “祈り”

子どもだからって 嘘をつかないで
真実を隠さないで
もう大人だよって 言わないから
忘れるから 教えてほしい

ぼくは ぼくを もう一度だけ
捨ててしまったけれど
ここが最後の場所だから
目を閉じて つぶやいた
春がくるよ おかえり

間違いなんて 何もない
大丈夫じゃないとこも包みたいの
生きていてほしい 私は待ってる
あなたの季節が ひらくときを ひとりで

今をたぐり寄せて 満ちる時を待つの
もう私は どこへも逃げない
愛も祈りも願いも 帰ってこれるの
同じだけど 違う場所に

愛し方がわからないから
この手を離してしまったの
私も同じ でもね聞いて
手放して また始める
私は愛を知ってる

あなたがとなりにいないから
あなたと ずっとそばにいたよ
でも、ねえ ここには居られない
さみしさが 光ろうと 悲しくはない

愛を創る めぐりゆくように
私もあなたも抱きしめて
白い光の その中で
目を閉じて つぶやいた
春がきたよ 還ろう かえろう かえろう

ぼくらがここで 待っているのは

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