まだ見ぬ“地平”に立とうとする試みこそが冒険
私にとっての冒険は、まだ見ぬ地平に立とうとする試みです。登山家の方々は、まさにそれを体現されています。
例えばネパール出身の登山家、ニルマル・プルジャは世界に14座ある8,000m峰をわずか7ヵ月間のうちに登頂しました。それまでの記録は約8年だったので恐るべき記録です。『ニルマル・プルジャ: 不可能を可能にした登山家』は、その挑戦を追ったドキュメンタリー。

1983年にネパールで生まれた登山家、ニルマル・プルジャ。彼が、世界に14座ある標高8,000m超の山を、わずか7ヵ月の間に完全制覇するという前人未到の冒険「プロジェクト・ポッシブル」に挑んだ一部始終を追ったドキュメンタリー映画。人間の忍耐力の限界に挑む姿を描く。'21米/監督:トークィル・ジョーンズ/出演:ニルマル・プルジャ/Noah Media Group/Netflixにて独占配信中。Courtesy of Netflix
彼はそもそも体が異様に強いのですが、さらに尋常ではない努力も重ねています。イギリス海軍の特殊部隊で活動していたこともあり、そのトレーニングは圧巻です。朝3時に起きて35㎏の荷物を背負い20㎞のランニングをするのですから。それほどの負荷をも厭(いと)わないからこそ、まだ見ぬ地平まで行けたのでしょう。
私自身は、狩猟や山菜採りなど山に登る理由を求めてしまう性格なので、高所登山はしたことがありません。しかしそんな私にも息を呑むような光景を、自宅にいながらにして映像によって共有してもらえる現代は、ありがたい限りです。
高野秀行さんの『幻獣ムベンベを追え』は、幻獣という「まだ見ぬ」ものを追い求めた冒険の記録です。

1988年、当時早稲田大学探検部に所属していた後のノンフィクション作家・高野秀行は、仲間とともにコンゴ奥地の湖へ向かった。幻の怪獣、モケーレ・ムベンベを捜索した40日間の記録。本作で高野は作家デビューした。著:高野秀行/集英社文庫/792円。
早稲田大学探検部の方々が、コンゴの奥地まで行ってムベンベを探すんですが、そのためにスポンサーを探すような場面から描かれています。そうやってまだ見ぬ地平を目指す過程で生まれた副産物としてのドラマも面白いんです。
例えばもともと好き嫌いの多かった高野さんが、現地で出されたワニやサル、ゴリラを思いきって食べてみたら意外と平気だったそう。それを機に彼の「食の可動域」が広がり、後に珍食を求めて世界を冒険する『辺境メシ』という本まで出されました。
今回は空間的な冒険にまつわる作品を挙げましたが、冒険って日常でもできると私は思います。初めて梅干しを漬けてみるのも、ニワトリを育てて卵を得るのも、自分がまだ見ぬ地平に行くという意味では、冒険になるんです。