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映画で紡がれる、女優と監督の絆。ジャン=リュック・ゴダール×アンナ・カリーナetc.

監督にとって唯一無二のミューズになることができた女優は幸せだ。もちろん、その逆もしかり。名作を残した監督の作品には、彼らが愛した美しく気高い女優たちの姿がある。映画で紡がれる、女優と監督の絆を振り返ってみたい。

text: Mika Hosoya

情熱的にぶつかり合う、女優と監督

激しくぶつかりながらも互いを必要とし、たった一つの到達点を見つめて映画という名の人生をともに生きる。観る者の胸を震わせるドラマティックな映画の裏側には、物語よりもさらに情熱的な、女優と監督の関係が存在している。

例えば、その関係性を自らの強い意志で手繰り寄せた女優が、イングリッド・バーグマンだ。スウェーデンからハリウッドに渡って『カサブランカ』で人気女優となり、『ガス燈』でアカデミー主演女優賞を受賞。名実ともにトップに昇りつめながらも貪欲に新たな扉を開けようとしていた彼女が、イタリアン・ネオレアリズモ運動の先駆者、ロベルト・ロッセリーニ監督の作品と運命的な出会いを果たしたのは、ニューヨークの映画館だったという。

『無防備都市』を観て激しく心動かされた彼女は、ロッセリーニ監督に宛てた手紙にありったけの思いを綴り、家庭を捨てて彼のもとに走る。それからのバーグマンは『ストロンボリ/神の土地』などのロッセリーニ作品に出演するが、不貞の行為として非難され、アメリカ映画からボイコットされる憂き目にも遭った。けれどもマンハッタンの小さな映画館で抱いた直感に導かれたバーグマンの行動は、決して間違いではなかったのだろう。辛酸をなめた経験さえもたしかな糧にして、のちにアメリカ映画に復帰。『追想』で再びアカデミー主演女優賞を受賞している。

貫禄溢れる大女優、カトリーヌ・ドヌーヴも、意外なことに、自ら手紙を書いて監督にアプローチしたことがある。その相手は、デンマークが生んだ鬼才、ラース・フォン・トリアーだ。「どんな役でも、あなたの映画に出たい」という熱烈な手紙を読んだ監督は、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』にドヌーヴを起用して工場で働く中年女性という派手さのない役どころを与え、彼女の新しい表情を引き出した。

それにしても、『奇跡の海』など、とことん愛の犠牲になるヒロインを描いてきたラースが、女優たちからラブコールを受ける監督であり続けているのはなぜなのだろうか。ラースの作品は女性嫌悪的と評されることもあるが、『アンチクライスト』で監督に身も心も捧げたような熱演を披露したシャルロット・ゲンスブールと、『ドッグヴィル』で村人たちに蹂躙(じゅうりん)されるヒロインを演じたニコール・キッドマンは、『Nymphomaniac』と題されたラースの次回作に出演することが発表されている。“色情狂の女”を意味するタイトルを持つこの映画が賛否両論を巻き起こすことは必至だが、女優たちが信頼を寄せるラースの演出術がスクリーンから滲み出す作品になることは間違いない。

日本映画に目を向けてみると、主演女優たちに愛される監督がいるように、幾人もの名監督に愛される女優もいる。昭和の名女優、原節子はその美貌と演技力を『東京物語』の小津安二郎をはじめ、黒澤明、成瀬巳喜男、木下惠介、今井正などまさに日本を代表する監督たちに求められ、さらに花開かせていった。

香川京子はかつて日本の大手映画会社間で取り決められていた五社協定(専属契約)ができる前にフリーになり、黒澤、成瀬、小津、溝口健二、さらに内田吐夢作品にも出演している類い稀な女優だ。巨匠に磨かれながら日本映画界を駆け抜け、現役で活躍している彼女は、若い人々にバトンを引き継ぐかのように数多くの追悼上映やトークショーの場に立ち、今は亡き映画作家と過ごした貴重な時間を、誠実に語り続けている。

また、同じく現役の京マチ子は、監督にインスピレーションを与え、そして幸運をもたらす女神といえる。ゴージャスな肉体派女優の彼女の主演作『雨月物語』『羅生門』『地獄門』はヴェネチアやカンヌといった海外の映画祭で次々と大きな賞を受賞し、“グランプリ女優”と呼ばれた。

原節子は敬愛する小津安二郎と幾度も恋愛関係を噂されながらも、その真相は2人の胸に封印されたまま。小津の葬儀に参列したのを最後に、隠遁(いんとん)生活に入っている。けれども考えてみれば、互いをリスペクトする者同士の間柄が、魂と魂をこすり合わせるかのような撮影現場での日々を通して恋愛関係へと発展していくのは、ごく自然なことなのかもしれない。

とりわけフランスでは名作映画の陰に、いくつもの愛の物語が生まれている。コペンハーゲンからパリへとやってきた女の子、アンナ・カリーナは、まだ新進監督だったジャン=リュック・ゴダールの『小さな兵隊』に出演。恋に落ちて結婚した2人は、ルーヴル美術館を走り抜けるシーンがあまりにも有名な『はなればなれに』や、ヌーベルバーグの代名詞ともいえる『気狂いピエロ』を生み出した。その後、ゴダールのパートナーとなったアンヌ・ヴィアゼムスキー、アンヌ=マリー・ミエヴィルが作風の変化に影響を及ぼしていることを考えると、ゴダールにとって公私にわたるミューズが、いかに大きな存在だったのかがわかる。

アンナ・カリーナとジャン=リュック・ゴダール
アンナ・カリーナ&ジャン=リュック・ゴダール Ullstein bild/アフロ

プレーボーイ、ロジェ・ヴァディムも、カメラの前とプライベート、両方で愛を捧げることで女優たちを輝かせた監督の一人だろう。モデルをしていたブリジット・バルドーと結婚し、彼女を起用して初監督したのが『素直な悪女』だ。バルドーはセックスシンボルとしてスターとなるが、彼女の裏切りにより離婚。その後、ヴァディムはカトリーヌ・ドヌーヴ、ジェーン・フォンダの恋人となり、それぞれに『悪徳の栄え』『バーバレラ』などの主演作で2人の魅力を存分に引き出している。

どちらかが命果てるまで寄り添い、ともに映画作りに命を懸けた夫婦もいる。乙羽信子と新藤兼人。清純派のイメージを守りたい周囲の反対を押し切って『原爆の子』に出演したのが1952年。2人は恋仲になったが新藤監督にはすでに妻子がおり、結婚したのは前妻が他界したあとの78年のことだ。新藤監督は著書『いのちのレッスン』に、監督と女優の夫婦は結婚しても「センセイ」「乙羽さん」と呼び合うのが自然だったと綴っている。そして、「乙羽さんはわたしとのことで惨めな辛い思いも多く味わっただろう。しかし、一度も愚痴をいったことはない」とも。2人の揺るぎないパートナーシップは『裸の島』や『絞殺』といった名作を生み、乙羽信子の遺作である『午後の遺言状』まで絶えることなく続いた。

ジーナ・ローランズとジョン・カサヴェテスも、ともに戦友としてインディペンデントな映画作りへの精神を高め合った夫婦だ。資金難に陥った時には、ジーナ・ローランズが出産費用にと貯めていたお金を映画作りに使ったこともあるという。父、兄のニック・カサヴェテスと同じ映画監督になった娘のゾエ・カサヴェテスは幼い頃、父親自らが映画館に「僕の監督作を上映してください」と電話している姿をよく覚えている。

時にぶつかり合いながら、時に互いにしかわからない感情を共有しながら。女優と監督の絆が、これからも名作を生み続けていく。