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ティモシー・シャラメが若き日のボブ・ディランを演じる、映画『名もなき者』が公開中

ティモシー・シャラメがボブ・ディランの若き日を演じたことで話題の、ジェームズ・マンゴールド監督の新作『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』が公開された。

text: Mikado Koyanagi

映画で辿る、フォークミュージックの胎動

この映画は、1961年に、米・ミネソタ州出身のディランがニューヨークにやってきて、ある入院患者を見舞うところから始まるが、その患者こそ、ディランが最も影響を受けた伝説のフォークシンガー、ウディ・ガスリーだった。

ガスリーといえば、今から約半世紀前のニューシネマの時代に製作されたハル・アシュビー監督の名作『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』がある。デヴィッド・キャラダイン演じるガスリーは、その映画で、大恐慌時代の30年代、自ら旅し季節労働者として働きながら、貧困にあえぐ人々を励ますようなホーボーソングを作り歌う活動家としての側面も描かれていた。フォークソングは、この時代、社会運動とも密接な関わりを持った。

次に、フォークが盛り上がりを見せるのは50年代だった。ハリー・スミスが編纂(へんさん)した、戦前のフォークソングを集めた『アンソロジー・オヴ・アメリカン・フォーク・ミュージック』が出たことも大きかったが、赤狩りや公民権運動を背景にフォークリバイバルが起こったのだ。そして、その中心はニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジだった。

コーエン兄弟の『インサイド・ルーウィン・デイヴィス/名もなき男の歌』でオスカー・アイザックが演じたフォークシンガーのモデルとなったデイヴ・ヴァン・ロンクは、ニューヨーク出身ということもあって、50年代後半にはすでにこのシーンにいた。そして、彼が映画の終盤ヴィレッジのコーヒーハウスで目にするのが、ハーモニカを吹きながらギターをかき鳴らすボブ・ディランだったのだ。

『名もなき者』は、ディランがニューヨークにやってきてから、伝説となった65年のニューポート・フォーク・フェスティバルまでを描いたものだが、この時代こそ、ピーター・ポール&マリーやジョーン・バエズなどのヒットも相まって、フォークシーンが一番盛り上がった時期でもあった。それは、トッド・ヘインズが、ディランの多面性を表現するのに、あえて性別さえ異なる6人の俳優に演じさせた『アイム・ノット・ゼア』で言えば、クリスチャン・ベイルが演じたジャックの時代に重なる。

『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
ティモシー・シャラメがボブ・ディランを演じる、『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』など60年代や音楽ものに定評のあるジェームズ・マンゴールド監督の新作。共演にエル・ファニング、エドワード・ノートン、モニカ・バルバロほか。全国で公開中。

そして、『名もなき者』では、それをティモシー・シャラメが演じているのだが、コロナ禍に入って映画の製作が遅れたこともあり、5年もギターやボーカルの訓練に打ち込めたことで、ライブやレコーディングのシーンだけでなく、曲を作る際の鼻歌に至るまで、説得力のあるパフォーマンスを見せてくれるのはさすがだ。そして、それはジョーン・バエズ役のモニカ・バルバロ、ピート・シーガー役のエドワード・ノートンとてそうである。 

シーガーは、かつてガスリーとウィーバーズというバンドを組んでいたこともある、このシーンの中心的人物で、この時代のディランを後押しし、シーンの若き牽引者として期待をかけるが、枠にとらわれることを嫌うディランは、いつしかそうした期待を重荷に感じるようになる……。

この映画は、ディランという不世出の天才の話ではあるが、そうした様々な人々との出会いや別れを描いているという意味では、普遍的な青春映画ともなっている。また、この時代、ニューヨークに集った綺羅星のような才能。彼らとの切磋琢磨がなかったら、ディランはあれほどの名曲を生み出せていただろうか。そして、ディランは、新たな音楽の地平を切り拓(ひら)いていくのだ。

併せて観たい3つの映画

『ウディ・ガスリー/わが心のふるさと』

フォークソングの父、ウディ・ガスリーの自伝を基に、特に大恐慌時代のガスリーの活躍を描いた、ハル・アシュビー監督の1976年の名作。主演にデヴィッド・キャラダイン。アカデミー賞最優秀撮影賞、歌曲・編曲賞受賞。

©Alamy/Aflo

『インサイド・ルーウィン・デイヴィス/名もなき男の歌』

『名もなき者』にも登場する、ニューヨークのフォークシーンで活躍したデイヴ・ヴァン・ロンクをモデルにこのシーンを描いたコーエン兄弟の2013年の映画。主演にオスカー・アイザック、共演にキャリー・マリガン。

『アイム・ノット・ゼア』

詩人、ロックスター、革命家など様々な面を持つディランを、クリスチャン・ベイル、ケイト・ブランシェット、リチャード・ギア、ヒース・レジャーら、時に性別も異なる6人の俳優が演じる。トッド・ヘインズによる極めて独創的な2007年製作のディラン映画。