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坂本龍一が館内音楽の制作、劇場音響を監修した映画館が新宿・歌舞伎町にオープン

4月14日にオープンする東急歌舞伎町タワー。タワー内の映画館〈109シネマズプレミアム新宿〉の全シアターの音響システムの監修と、館内音楽やチャイム、映画本編が始まる前のサウンド、さらにスクリーンの音響システムの監修を坂本龍一が手掛けている。

photo: Naoto Date / text: Katsumi Watanabe

スクリーンの存在を忘れるような、高品質な「曇りのない音」

ホテルや飲食店をはじめ、劇場やライブハウスなど、さまざまなエンターテインメント性の強いテナントが入居する〈東急歌舞伎町タワー〉。魅力的な施設の中で、一際注目を集めているのが、あの音楽家・坂本龍一の遺志が強く残されているという映画館〈109シネマズプレミアム新宿〉だ。映画館建設の経緯から、音楽面の進行まで、実際に坂本さんと制作を共にした東急レクリエーションの久保正則さんから話を聞くことができた。

久保正則

2014年12月31日、東急歌舞伎町タワーと同じ場所にあった、新宿ミラノ座が閉館しました。そこから本プロジェクトの構想がスタートしました。2018年に内閣府から国際的な観光拠点として歌舞伎町が観光面の国家戦略特区に位置付けられ、〈東急歌舞伎町タワー〉の建設計画が始まりました。ミラノ座のあった新宿歌舞伎町は、私どもの創業の地と言っても過言ではなく「ここに必ず映画館をつくろう」と考えていたんです。最高のサウンドシステムのある劇場にしようと構想を練っていた矢先、新型コロナウイルス感染症の拡大が始まって。入居を予定していたエンターテインメント施設の多くに逆風が吹いていたため、会社としても変更を検討しなければならなくなったときのことです。

しかし、そんなときだからこそエンターテインメントや芸術は、人を励まし、心を豊にしてくれるものではないかと考えました。そこで、坂本龍一さんなら、我々の志に賛同していただき、一緒に特別な劇場作りに参画いただけるのではないかと思い付いたのです。坂本さんとは長年お仕事をされてきている音響エンジニアの方に仲介していただき、ご相談させていただくことができました。坂本さんとは、最初から「曇りのない音」を目指すことで、意見が一致して、最高の音響の劇場を設計しようという話になりました。

フィルム上映の可能なシアター8
フィルム上映の可能なシアター8。フィルムのサイズが作品によって異なるため、マスク(上下左右にある幕)でスクリーンを調整する。坂本さんと久保さんの悲願でもあったスクリーン。

2020年11月、初めて坂本さんを交えてオンライン会議が行われたという。そこで出されたアイデアの数々に、久保さんは驚愕したという。

久保

坂本さんは新宿高校へ通っていた学生時代、この街でたくさんの映画を観たそうです。そんな思い出や、世界的な潮流も鑑み、フィルムが映写できる劇場をつくりたいとお話しされていました。音響の件を含め、わたし自身も考えていたことで、意見が一致しました。そして、音のいい劇場をつくるなら、音響装置に接続するケーブルが重要だということもうかがったんです。

早速、世界中からメーカーのケーブルを集め、国内のスタジオでテストを開始しました。同時に「人の耳は、想像以上に疲れている」という話にもなりましたね。お客さまには、歌舞伎町の雑踏をくぐり抜けて劇場まで来ていただくわけですから、それは当然です。いろいろなアイデアが出る中で「無音室の設営」というお話が出ました。耳を完全にリセットした後、映画を観るという。すごくおもしろいと思い、なんとか調整できないか、図面を見ながら熟考しましたが、建物の規模として難しいことがわかり断念しました。

シアター8の映写室
シアター8の映写室。坂本さんが出演した『戦場のメリークリスマス』(1983年)の予告編フィルム。
新宿ミラノ座で使用されていた映写機のパーツを組み込んだ、35mm フィルム映写機。
新宿ミラノ座で使用されていた映写機のパーツを組み込んだ、35mm フィルム映写機。

映画鑑賞前に、まずは耳を洗う音楽を

実際、〈109シネマズプレミアム新宿〉のエントランスをくぐり、一番最初に飛び込んでくるのは、広々としながらも、落ち着いた雰囲気のあるラウンジ。ここでは劇場へ入る前に、坂本さんの音楽で「耳を洗い、耳を開く」体験ができる。もちろん、楽曲はこの劇場のために制作された特別なもの。

久保

無音室が難しいなら、映画を観る前に心が整えられるラウンジを設けるように計画を変更。そこで流れる音楽を制作していただけるよう、坂本さんへお願いしたところ、快諾していただけました。坂本さんとエンジニアチームが打ち合わせを重ね、スピーカーの位置や響きを細かく計算した結果、例え人が賑わっていても、リラックスする空間をつくることができました。坂本さんから届いた楽曲をかけ、実際に大勢のスタッフを入れてテストを行いましたが、不思議なことにノイズさえも取り込み、すごくリラックスできる音楽になっていました。

久保

よく坂本さんがお話しされていたのは、なるべく「スピーカーの存在を消す」こと。音楽が環境と同化することを志されていたようです。

ラウンジからスクリーンへの誘導をさせていただく際も、通常ならスタッフがマイクで「何番スクリーン開場します」とアナウンスします。しかし、〈109シネマズプレミアム新宿〉ではなにか特別な空間を維持するために、なにか特別な案内方法がないかを考え、坂本さんに開場時のチャイムも制作していただくようにお願いしたんです。後で聞いたところ、強制的な学校などのチャイムがお嫌いだったようで。とんでもないお願いをしたものだと反省しましたが(笑)。非常に美しく、特別なものになりました。

テクノロジーと人間がつくり上げる「曖昧な正確」

劇場内のサウンドシステムの音響設計に際して、坂本さんの提唱する「曇りのない正確な音」をすべての座席に届けるため、エンジニアチームは「曖昧な正確」というキーワードを考えたという。

久保

映画という芸術は、正面(画面の方向)を向いて鑑賞するもの。先行音効果により、最初に横から音が来てしまっては、スクリーンへの没入感が減ってしまう。それを回避するため、実際に映画を上映し、各席とスピーカーの位置関係を測るため、マイクを立て、席ごとの音量を計測。データをもとに、どの席でも同じ音量になるようバランスを調整。データが揃った段階で、実際にエンジニアが席へ座り「中段左端の席は、少し高音がキツい」など、細くチェックしながら、とにかく調整を繰り返していく。科学的なデータを応用しながら、最終的には人間の感覚で測る方法が「曖昧な正確」ということでした。

劇場内では、映画本編が始まる前にも、坂本さん制作による特別なサウンドが流される。それを含むすべての音源が納品されたのは、2022年の12月28日だったという。

久保

坂本さんのご体調のことを考えると、年内に音源を納品していただくのは難しいと考えておりました。『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』(12月11日配信)世界配信後、『Playing the Piano 2022』配信後、唯一のリアル会場だった109シネマズグランベリーパーク(南町田)のSAION(シアター1)でライブビューイング上映した際、ファンの方から坂本さんへメッセージを募ったところ、劇場にいらしたほとんどのお客様が書かれていかれたんです。

それを坂本さんへお渡ししたところ、すごく喜こんでいただけたそうで。もしかしたらメッセージをいただいたみなさんのお言葉が、作品を仕上げる活力へ繋がったのかもしれません。そうして完成したラウンジの音楽は、見事にロケーションとマッチしています。坂本さんには「最初からこの風景が見えていたんじゃないかな?」と思えるほどなんです。

最後にお伝えしたいのですが、世界配信された『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022』に1曲を加えた特別版『Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022+(プラス)』を、5月18日まで当劇場で上映させていただきます。その冒頭に、坂本さんご本人の特別映像も追加され、〈109シネマズプレミアム新宿〉の音響監修に参画いただけた思いなどをお話しされています。私としては、この映画館でしか味わえない臨場感でご覧頂きたいと思っています。この作品の魅力は……なかなか言葉で伝えることがなかなか難しいですね。限られた期間ですが、是非、多くの方に体験して頂きたい。また、この作品の長編映画バージョンは、現在NYでポストプロダクション中だと聞いています。そちらも本当に楽しみです。

坂本龍一氏